天聖経訓読室

第4節 天上天国に行く道

この節の音声は準備中です。
1

皆さんはみな、先祖たちの顔を代わりにかぶって出てきた歴史的な復活体です。その歴史がどれくらいになるのでしょうか。何十万年になるといいます。そのように長い歴史過程を、結局、「私」一人を造るために苦労したというのです。金氏なら金氏という「私」一人を誕生させるために、数多くの先祖たちが生まれては死んでいったのです。ですから、私たちは歴史的な結実体です。皆さんからよく熟した実が出てくると思いますか。皆さんの二世が、間違いない天の姿になると思いますか。皆さんの心の中からよく熟した統一教会が出てくると思いますか。六千年の人類歴史の結実体が、木から落ちる実のように熟すことができずに落ちてよいのですか。「ああ、私は落ちそうだ。風がもう少し吹いたら落ちるので、先生、揺らさないでそっとしておいてください」と言わなければなりませんか。そのような人もいるでしょう。一方で、「先生が斧で打って枝を思う存分揺らしても、枝が裂けていくまでは絶対に落ちません」と言う人もいるでしょう。皆さんは、どのような人になっていますか。

人生の結実体

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善の神様と、その反対の悪のサタンの間に挟まっているのが人間です。ですから、一生をかけて「私」が善を追求しながら行くようになる時は、善の神様が共にあるのであり、その反対に立つようになる時は、悪のサタンが共にあるのです。これが現在の人間の運命です。一生の路程で、善の神様を慕いながら善のみを残すことができる道をどのようにして立てていくかということが、人間が何より希望することにならざるを得ません。そうすることによって善の神側に立つことができますが、できなければ悪の側に帰結します。絶対的な善を中心としていらっしゃる神様を人間が絶対的に信じ、その方と一つになる道を模索することによってのみ、私たちの人生行路が善で始まり、善の過程を経て、善の結実を結ぶことができます。私たちが一生をすべて生きたのち、善と悪を一つ一つ差し引きしたときに、悪が善より多ければ悪の主管圏内に帰結し、善が悪より一つでも多く残る時には、善の主管圏内に帰結するのです。

3

私たちの一生の中から、善と悪を一つ一つ抜き取ったとき、最後に残るものが善であってほしいというのが人間の願いです。しかし、善よりは悪が残りやすいのが私たちの人生行路です。一時代の数多くの人類を総合して見てみるとき、一人一人の善と悪を差し引いたあと、善よりも悪が残るならば、この地上に生きている人は善の人ではなく悪の人であり、またこの社会は善の社会ではなく悪の社会だという結論が出てきます。

4

善悪というものは、思いの中で決定されるものではありません。善悪というものは生活圏内で決定されます。天国と地獄は、皆さんの観念の世界で決定されるのではなく、生活舞台で決定されます。これは重要です。電車に乗って人々を見回してみると、気分の良くない人と気分の良い人がすぐに分かります。気分の良くない人は自分よりも霊力が低いのです。しかし、気分の良い人は、それ以上の人たちです。もし、霊的な体験のある人がいれば訪ねてくるのです。そのような人はすぐに分かります。動物も自分の生死が分かるのですが、万物の霊長である人間が、自分の人生を知らずに生きるのですか。すべて私利私欲にとらわれ、神様に背を向けて生きているので分からないのですが、神様と共に生きれば分かるようになります。

5

霊界に自信をもって行くことができますか、できませんか。自信をもって行けば天国があり、自信なく行けば地獄があるのです。いずれにせよ行かなければなりません。よく熟した実は天国の倉庫に行き、熟すことができなかった実は腐った臭いのするごみ箱に行きます。地上で、どんなに難しくても完成して行かなければなりません。ですから、しっかりと実を結ばなければなりません。「目よ、地獄に行こう。口よ、地獄に行こう。耳よ、地獄に行こう」と言って、五官の地獄を克服してこそ、天国に行くことができます。そのようにして、地上の最も見たくないものを見なければならず、嗅ぎたくない臭いを嗅がなければならず、聞きたくない話を聞かなければならず、言いたくないことを言わなければなりません。先生がこの膨大な世界をすべて知り、霊界をはっきりと知りながら行く道は、地獄の道です。誰も行かなこを開拓していくのです。

6

神様は、万物を造られる時にもみ言を通じて造られ、私たちを取り戻してこられるときもみ言を通じて取り戻してこられます。皆さんが神様から出てきたとすれば、神様がみ言を蒔いたので、皆さんには、そのみ言を刈り取って父のものとして取り戻してさしあげるべき責任があります。終わりの日は、み言を刈り取って一つの実体を備えるべき時です。み言を通じて実体がつくられます。このように、み言を通じてつくられた実体を探してこられたのが神様の歴史であり、イエス・キリストがこの地上に来られた目的です。神様は、堕落した人間に実体を先に見せてあげず、み言を先に見せてくださいましたが、これは逆に取り戻していくからです。失ってしまった順に取り戻さなければなりません。実体を願いますが、先に堕落した人間の心にそのみ言の種を蒔いたのち、そのみ言を根拠にして一つの生命体となった実体を備えるようにするのです。

7

アダムとエバが信仰を失ってしまい、実体を失ってしまい、愛を失ってしまうことによって、血統的に逆になってしまいました。ですから、これをひっくり返さなければなりません。ニコデモがイエス様の前に来て、「天国に入ろうとすればどうすればよいのですか」と尋ねたとき、イエス様は「生まれ変わらなければ天国に入ることができない」と言いました。するとまたニコデモが、「どうして、そのようなことがあり得るのですか」と尋ねると、イエス様が「あなたはイスラエルの教師でありながら、それも知らないのか」と言いました。彼がユダヤの国の教師だったので、イエス様は比喩ではなく、事実の内容をもって最も重要なことに言及したのです。それで「あなたが生まれ変わらなければ天国に入っていくことができない」と言いました。生まれ変わるには、アダムとエバより劣っていては入っていくことができません。生まれ変わるには、アダムとエバより優れていなければなりません。これが原則です。そうでなければ、根本復帰の位置に上がっていくことができません。

8

堕落とは何かと言うと、み言と実体と心情の関係が離れていったことです。ですから、皆さんは、み言を知って、み言を実践しなければなりません。み言を実践するには、父母の心情を備えて行動していかなければなりません。蕩減復帰の解怨ができる実体的な行動を経た者であってこそ、祝福してあげることができます。それは言葉だけではありません。それが言葉だけであってはいけないのです。そして、天の一族、言い換えれば、この国の生命体になるのです。これから皆さんは、生霊体にならなければなりません。そのようになって、入籍して自分の位置を求めていくのが復帰の路程です。ですから、皆さんは入籍しなければなりません。生霊体に連結され、入籍されれば、皆さんがどんなに間違い、どんなに誤ったとしても、サタン世界で立てた法で処理できなくなります。今日の世の中でもそうではないですか。アメリカ人を韓国の法律で処理できますか。国籍が違うのでできません。そのような圏内に入っていけば、その圏内の法を通じてのみ適用するようになります。ですから、サタン世界の法は、一度越えれば適用できないというのです。サタン世界の法が適用できないので、結局は、この地上の法ではできないのです。それに応じた蕩減的な条件を立てたからです。ですから、地獄には行かなくなります。

9

プラスの神様は創造主であり、マイナスは被造物です。それは何によって引き寄せるのでしょうか。愛をもって引き寄せなければなりません。プラスの電気とマイナスの電気が一つになるでしょう?人間同士も愛で結ばれます。霊界に行けばどうなるのでしょうか。神様のところに帰ります。最後には神様のところに帰るのです。霊界に行って「神様!」と言えば、霊界の中から「なんだ!私はここにいる」とおっしゃり、一方では、「どこにいらっしゃいますか」と聞けば、心の中から、「ここにいる」と答えるのです。それで、良心と霊界が相対関係になります。

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神様から始まったものは、神様に帰ります。神様に帰るというと、体が二つなのでしょうか。一つです。一つは原因であり、一つは結果です。これを出発させて押し出すのも愛であり、その押し出したものを引き入れるのも愛です。それ以外にはありません。それで、愛の心は歴史と共にあるというのです。歴史が押し出すのです。愛は最初に帰ります。愛以外に最初に帰る力はありません。生命力は愛によって出てきます。これは、愛の引き出す力、引き入れる力によって出てきます。遠心力と求心力は、愛の力ゆえに成し遂げられるのです。男性と女性の生命力が愛によって連結されれば、男性は完全な生霊体になります。男性と女性が完全なものになろうとすれば、男性と女性が一つにならなければなりません。

天国に行く秘訣

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神様のみ前に帰ろうとすれば、どうすればよいのでしょうか。アダムとエバが一つにならなければなりません。アダムとエバを復帰しなければならないのです。堕落したアダムとエバが一つにならなければ、解怨成就と救援ができません。その二人が一つになれば、父母を復帰することができます。ですから、私たちは、これを復帰しなければなりません。原理がそうです。なぜ一つにならなければならないのでしょうか。神様を解放させるためです。これが結論です。兄弟同士で愛し合い、怨讐を愛さなければなりません。神様を解放し、父母を解放しようとすれば、怨讐を愛さなければなりません。怨讐を愛さなければ一つになることができないので、怨讐を愛さなければならないのです。怨讐を愛したのちには、どのようにしなければならないのでしょうか。父母を復帰しなければなりません。父母を復帰したのちに、神様を復帰しなければなりません。これを一度に復帰するのです。堕落とは、サタンと非原理的な愛の関係を結んだことなので、一度に兄弟を失ってしまい、父母を失ってしまい、神様も失ってしまったのです。これを一度に復帰しなければなりません。ですから、命を懸け、命が尽きるまで愛して越えたという条件を立てなければ天国に入ることができません。

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天国に行く秘訣とは何でしょうか。四位基台を復帰することです。聖書六十六巻がすべてここにかかっています。六千年歴史の願いが、すべてここにかかっています。人類の解怨成就も同じです。四位基台は絶対的です。これを完成することができなければ、大変なことになります。天国に入ることができません。入っていくことができなければ、どうするのですか。そうなれば、祝福を受けた皆さんの息子、娘たちが千年、万年嘆息するでしょう。父母が責任を果たせずに、そのようにさせるのですか。そうなれば、完全復帰された子孫になることができません。統一教会で言う霊界は、そのようになっています。どうすることもできません。

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天国は、四位基台を立てて蕩減しなければ、絶対に入っていくことができません。イエス様も、このために今まで苦労しています。先生も、このために今まで苦労してきました。それを正すために苦労しました。苦労した理由はほかにありません。四位基台の復帰のためです。イエス様の当時、ペテロ、ヨハネ、ヤコブの三人の弟子も、それを立てるために必要だったのです。ですから、天国は、どこから入ることができるのでしょうか。天国をアダム家庭で失ってしまったので、家庭で復帰しなければなりません。アダムとエバが不倫の愛によって堕落したではないですか。そこで失ってしまったのです。これを復帰するためには、失ってしまったカインとアベルとセツを捜し立てなければなりません。アダムとエバに代わって父母となり、この三人の息子を立てなければ、四位基台を完成することができません。これは公式です。

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今、時は、世界的な時です。白人、黒人、黄色人は、三兄弟です。皆さんは、「人種の異なる人々が集まって暮らして、幸福になることができるだろうか」と考えるかもしれませんが、天国では争いがありません。天国は、人種によっていくのではなく、多く愛した実績によっていくのです。マタイによる福音書の第五章九節に、「平和をつくり出す人たちはさいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」とあります。神様の息子に出会うとうれしいのですが、サタンの息子は、会えば会うほど恐怖と不安が生ずるようになります。このように見るとき、兄弟は、「私」より貴いのです。兄弟のために生きる人は自動的に天国に行きます。どこにおいても歓迎され、推薦されるというのです。兄弟のために生きる人は、中心的な存在になります。父母の愛と夫婦の愛を再現する兄弟の愛をどのように完成するかということが、正に地上天国をこの地に顕現させる秘法です。結局、喜ぶために与え、喜ぶために受けることだけが、天国に入る鍵です。

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今後、天国はどのように形成するのでしょうか。天国を形成するためには、民族を超え、国境を超え、イエス様が愛することができなかった世界の人類を愛さなければなりません。世界の人類を愛しなさいというのです。国境を超越し、人種を超越し、民族を超越して、砂漠やアフリカの奥地の人も、誰も彼も、すべて自分の子女と同じように愛さなければなりません。イエス様に代わって姉のように、イエス様に代わって妹のように愛することができる心をもった人であれば、その人は神様の息子、イエス様と同じです。これが普遍化された世界が地上天国です。このように行ってこそ、天上天国に入ることができるのであって、そのようにしなければ不可能です。

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私たちは、天国に入らなければなりません。天国は、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙を経なければ、入っていくことができません。最初から天国に行く道はありましたが、今まで天国に入っていった人はいません。それは、個人的な十字架の途上から、家庭、氏族、民族、国家、世界的な十字架の途上に至るまで、各段階のサタンを屈服させて勝利の基盤を立てた人がいなかったからです。イエス様もこの地に来られ、そのような勝利の基盤を立てることができなかったので、天国に入ることができずに楽園で祈る立場にいらっしゃるというのです。

天国に行く通行証を準備しなさい

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人間の堕落は、神様の立ち会いのもとでなされたのではなく、サタンが主体となってなされたので、堕落圏から逃れるには、サタンを屈服させなければなりません。「サタンよ、お前と組んで私がこのようになったのだから、お前を屈服させて私は帰る」と言わなければなりません。それで、サタンを屈服させた証書をもらわなければ、神様の愛を受けることはできません。イエス様も三大試練で勝利しました。歴史的に勝利したというサタンのサインをもらわなければ、天国に行くことはできません。どのようにしてでも、サタンのサインをもらわなければなりません。イエス様がサタンから三大試練を受けて勝利したときに、その立場でサタンが、「あなたと私は永遠に違う」と認めるのです。

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イエス様は、天の国を相続しましたが、この世を相続することはできませんでした。それでは、この世を誰が相続したのでしょうか。カインが相続しました。この世はカインの国です。ですから、アベルは天国を相続したのち、この世のカインが保証する受領書をもらわなければなりません。天国に行くにはサタンの受領書をもらって行かなければなりません。堕落人間は、この二つの原則に引っ掛かっています。そこで解けなかったので、今までの六千年の歴史が、果てしなく繰り返されてきたのです。しかし、今分かったというのです。聖書を見ると、「また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」(ヨハネ八・三二)というみ言があります。分かったので、歯を食いしばってでも愛さなければなりません。どの程度まで愛すべきでしょうか。怨讐であるカインまで愛さなければなりません。

19

キリスト教は、歴史時代に数多くの人々と共に、悲惨な運命を開拓しながら、真のオリーブの木を探す歴史を経てきました。真のオリーブの木は、すなわち神様の息子です。その息子が来れば、その方のエキスを受けて、枝をもらわなければなりません。その枝に自分を接ぎ木しなければなりません。そのようにすれば、歴史時代のすべての先祖たちが、蕩減条件を提示してサタンに引っ掛かり、倒れてしまった歴史的な条件が、その場ですべてなくなります。沃土や温かいねぐらのような基盤ではなく、砂利の多い土地のような所で接ぎ木されなければなりません。今までサタン世界にない本性を備えたので、神様の息子になれるという証明書を、サタンからもらわなければならないからです。それは神様がしてくださるのではありません。神様が自由にしてくださることができるのなら、六千年前にすべてしてくださっているのです。

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刑務所から出てくるために、判事が認可してくれるのではありません。それでは、誰がしてくれるのでしょうか。検事が認可してくれるのです。公判廷では、検事がサタンと同じです。ですから、裁判の場で検事の認可を受けなければ出てくることができません。同じように、サタンの認可を受けなければ、神様は「お前は私の息子だ。私が生かしてあげよう」と言えないのです。必ずサタンの公認を受けてこなければなりません。皆さんは、サタンの公認を受けましたか、受けていませんか。サタンの公認を受けなければなりません。統一教会は、何を教えてあげる教会でしょうか。サタンから公認を受ける方法を教えてあげる所です。サタンから公認を受けるのですが、霊的にのみ公認を受けてはいけません。霊肉を合わせた実体として公認を受けなければなりません。

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天法に引っ掛からなければ、天国に入ることができます。天法によって入っていけないと言われたら、どうするのですか。統一教会の信徒たちも、天法に引っ掛かれば、天国に入っていくことができません。間違えれば、すべて引っ掛かるというのです。統一教会を信仰すれば生霊体級の霊界に行くと思っていても、すべて無駄になってしまいます。それでは、どうすればよいのですか。ここには一つの秘法があります。統一教会の教会員である皆さんが勝利的基盤を築かなければなりません。そのようにしてこそ、父母の立場に立つことができます。

22

今は、統一教会が世界の峠を越えていくのです。今ではもう、誰かが統一教会をなくすことはできず、先生を誰も監獄に放り込むことができません。皆さんが今、結婚して、生活して、息子、娘を生むことに忙しくしている時ではありません。天国に入れる証明書を準備することに忙しくしているべき時です。皆さんは、いつ死ぬか分かりません。どこかに行く途中で車の事故に遭って霊界に行くかもしれません。ありとあらゆることがたくさん起きます。いつ、どの瞬間に行くか分かりません。祝福された家庭が、これから霊界に行く問題を等閑視して、自分たちだけでおもしろく暮らして霊界に行くならば、統一教会の先生の前に出ることができますか。祝福を受けた家庭は、長成期完成級の圏内にいるので、世界圏にまで上がっていません。長成期完成級にいるので、世界を越えなければなりません。そのような過程にいるので、越えなければならないのです。

23

皆さんは、お嫁に行くことが忙しいですか、生活することが忙しいですか、霊界に行く準備が忙しいですか。私が生きるのは、霊界に拍子を合わせるためなのです。すべての人は、霊界に拍子を合わせて生きなければなりません。統一教会を信じた人が霊界に行けば、先生が教えてあげた条件が霊界の門前に立てられていて、皆さんに質問するのです。先生が今まで教えたすべてのことが条件となって書かれているというのです。そこで返事ができなければ、入っていけないのです。中間の霊界で待たなければなりません。そこで先生が霊界に来るのを待たなければなりません。

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私たちは、国がなければなりません。国はありますが、私たちが行く国は別の国です。神様の国です。その国の公認を受けた市民権を新たに受けなければ、天国に入っていくことができません。公認を受けた市民権をもった人には、サタンが東西南北を通じて、過去、現在、未来を通じて、讒訴しようとしても讒訴することができません。