神様は、子女を求めて、万物を求めて、創造本性の世界を実現しようと闘ってこられ、理想世界の主人に永遠で偉大な遺業を相続させ、万世無窮に喜びを享受しようとされました。神様は、悲しい中でも、私たちのために一層祝福してあげたいと思っていらっしゃることを知らなければなりません。ですから、皆さんは、「み旨の前に新しい息子、娘ですので、真の家庭としてお立てになり、真の夫婦として真の子女を備えた基盤の上で万物を主管する、この上なく大きな栄光の実体となるようにしてください」と言わなければなりません。したがって、許諾してくださった万世の栄光を享受できる真の子女となって、来られる真の父母を支えてさしあげる使命を果たさなければなりません。皆さんは、真の父母を安息させてさしあげなければならず、再び真の父母と皆さんが一つになって、神様を安息させてさしあげなければなりません。そうなる時、善であられる神様が、満天下の国王として、私たちの父として君臨するようになり、善の天国が地上に成就されるというのです。
第2節 成就の人生
摂理の秘密を明かす
リベカは、エバの立場で分かれた兄弟を一つにしました。それで、神側で家庭復帰することができました。ヤコブが長子権を復帰して、エデンの園で失ってしまった家庭を復帰したのです。リベカの腹中でヤコブとエサウが争いました。それで、リベカが神様に祈りながら「こんなことでは、わたしはどうなるでしょう」(創世記二五・二二)と言った時、神様がはっきりと教えたのです。「二つの国民があなたの胎内にあり、二つの民があなたの腹から別れて出る。一つの民は他の民よりも強く、兄は弟に仕えるであろう」(創世記二五・二三)と神様が答えました。それは長子が下がり、次子が上がることを意味していたのです。長子権復帰の概念が残っていたというのです。それは、タマルの場合も同じでした。タマルの腹中でペレヅとゼラも争うので、問題になってタマルが「なぜこのように争うのですか」と言いながら祈る時、神様が同じように返事をしたのです。「あなたの胎中に二つの国があるが、大きな国が小さな国に仕えるだろう」と答えたのは、復帰に関することでした。今までこれは秘密だったのであり、四千年以上、誰もその内容が分かりませんでした。神様とサタンだけが知っていたのです。サタンは偽りの父母です。神様が望むのは真の父母です。真の父母は、本然のエデンの園で神様が望んでいた家庭の主人です。真の父母が現れて、神様の秘密とサタンの秘密を明らかにするのです。神様は、次子を通して復帰歴史を展開しますが、腹中まで訪ねていって復帰するのです。そうでなければ、神様の血統が定着できません。
メシヤとして来たイエス様も、真の父母の名をもってきて死んでいったので、再臨しなければなりません。再びやって来て主人になるためのみ業をするのですが、それが正に、今のこの時です。先生がこの時に合わせて天地の秘密、神様が隠していた秘密、サタンが隠していた秘密、歴史的秘密、哲学者たちの秘密の谷をすべて解決したので、これを知るすべての人は、誰も否定することができません。肯定的な天理によって、大きくても小さくても、教育を受けた人は、誰でもみな小学校を出れば小学校の卒業生になるのであり、中高等学校を出れば中高等学校の卒業生になるのです。天国に入城できる解放的基盤をもった天の息子、娘が生まれれば、彼らは、天の国の博士コースを通過したことになるので、天の国の大臣になり、息子、娘になれる道が、統一教会の教える道にないはずがありません。ですから、本当に誰にとっても必要な道であり、行くべき道なのです。
真の父母様のみ言は、アメリカの憲法よりも貴いのです。真の父母様はただ一組です。今の時は、ただ一度だけです。過去にもなく、未来にもありません。真の父母様が、肉身をまとって実体として存在するのは今の時だけです。永遠の中でたった一度きりです。ですから、真の父母様が天の秘密をはっきりと教えるのです。これは隠された真理です。先生がそのような概念を、既に完成させておきました。そのような秘密の概念を教えるまでは、サタンがすべてのものを占領してきたというのです。しかし、先生が教えておいたので、もうすべてのことが明らかになりました。もうサタンが先頭に出ることはできません。神様も認めるのです。このまま従いさえすれば、完成するのに問題ないというのです。そのような教えです。
見えないものであるほど貴いものであり、無限に浸透するものであるほど貴いものです。無限にために生きる神様の愛は、自分の生命を投入してもすべて忘れる愛です。ですから、生命の相対になれば、生命が突然、爆発的に復活する刺激を感じるのです。それで、聖書には「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」(ルカ17・33)とあります。「零」の立場にいなさい、何ももってはいけない、というのです。死んだ立場のように立っていなさい、というのです。先生が今まで、このような天理の歴史的な秘密を明らかにし、一生に適用して暮らしてみたので、世の中が「葬ってしまえ!」といくら騒いでも行くのです。それが問題です。迫害は、迫害する人たちから所有権を相続するための神様の第二の戦略戦術です。ですから、一生の間迫害を受けましたが、先生は疲れませんでした。見た目には何でもありませんが、天地大道の主人である神様には、誰よりも愛する息子です。迫害は、怨讐たちから所有権を復帰してくるための作戦なのです。
人間は、原理結果主管圏と直接主管圏の過程を経て完成しなければなりません。その過程で堕落したというのです。神様の愛を知らずに堕落しました。これは、神様とサタンだけが知っています。アダムとエバは知らないというのです。無知で堕落した人類始祖になったので、その過程で生まれたすべての人間は、この秘密の峠を越えることができません。また教え導いてくれる真理のあらゆる経書も、それを明らかにできません。人類の父母になる人が現れて、これを明らかにしなければなりません。明らかにしようとすれば、天地の道理から、根本の歴史からひっくり返せる内容を理解しなければ、不可能です。
全知全能の神様が、なぜ今まで悲惨な世界を造っておいて、手を出すことができずにいるのでしょうか。神様は、思いどおりにできません。命を奪うことはできません。命を奪おうとすれば、一瞬にして奪うことができる能力はありますが、これを処断することができず、手を出すことができません。そのような血族が残されたのが堕落の世界だということを、今日の宗教圏は分かりませんでした。真の父母の名をもって、霊界のすべての実情を詳細に知り、堕落の動機から神様の秘密、サタンの秘密まで掘り起こし、このようなものを明らかにした内容が「統一原理」です。これをもって、今、地上世界と天上世界に分かれて混乱状況にあり、相反的な歴史を形成しているすべてのものを和合させるために、霊界の根本の実情から地上の根本、人生の根本まで、すべて解消して連結させようとするのです。
カイン・アベルの闘いの終息
アダムとエバが堕落したものを収拾するためのカイン・アベルの歴史において、神様は、再び二次的な失敗をしました。カインがアベルの命を奪う悲惨な姿に遭遇しました。堕落によって血を見ることはありませんでしたが、堕落した結果によって人類歴史で血を見たのです。それだけでなく、血の歴史を尋ねて、お互いに和解しなければならない人間であるにもかかわらず、和解することもできず、天と共に一つになることもできませんでした。ですから、神様は、その人類を、全世界を、ノアを中心として打たなければなりませんでした。そうして、水で全体が消えるように、一掃してしまわざるを得ない神様になってしまったのです。
アダム家庭において、カインとアベルが分かれました。カインとアベルの分裂によって、闘いの時代になりました。カインとアベルが、敵同士となり、今まで、心と体の紛争から夫婦同士の紛争、父子関係の紛争、兄弟の紛争につながりました。これが連結されて分かれ分かれになり、氏族、民族、国家にまで進んで戦争の歴史を受け継いだのです。
カインは、長子権を中心として、神様が弟を立てて自分の位置を復帰してくるので、アベルの血を見た歴史をさらに拡大させたのです。それが人類歴史です。ですから、人類歴史は、血を流す歴史を通して、戦争の歴史にならざるを得ませんでした。兄の立場の力をもっている人たちが、父母から新しく教育を受けて真の人になれる弟の立場にいる人たちの道を遮ってきたのです。それが歴史の課題です。このようなカイン・アベル問題が解決されず、血統の問題が解決されずに、母と息子、娘が所有権と故郷と祖国を失いました。これを取り戻さなければなりません。家庭で起こった事件なので、家庭で取り戻さなければならないのです。
父母が現れなければ、兄弟の争いを和解させることはできません。父母はむやみに現れません。長子権を解放して一つにならなければ、天運を迎えることはできません。皆さんが福を受けるためには、心と体が一つにならなければならないのです。これがカイン・アベルです。男性と女性、夫がプラスならば妻はマイナスです。この二人はカインとアベルです。この二人が一つにならなければなりません。争ってはいけません。本来一つになるのが原則だったのですが、分かれたので、一つにならなければならないのです。
アダム家庭のアベルとカインが怨讐になったのと同様に、世界的版図においては旧教と新教が怨讐になりました。これが堕落していないアダム圏内に入ってきて、完全に一つになるのです。イエス様が体を失うことによって、霊的な父母にはなりましたが、実体的な父母になれなかったので、小羊の婚宴をするのです。新しい主が来て、真の父母圏を完成して祝宴をするのです。
皆さんは、アダム家庭でのカインとアベルのことをよく知っているでしょう。カインが摂理を完成したなら、その後にアベルが出発することができるようになっていました。ですから、イエス様の生涯を時代性で見れば、前の時代はカインの時代であり、あとの時代はアベルの時代でした。イエス様は、第二の世界的アベルの主人であり、アベルの世界を建設するための第一の責任者でした。その時までの世界は、カインの世界でした。自分を中心とした世界だったというのです。ですから、その世界を収拾して屈服させ、兄弟が真の父母様を迎えて子女の立場に立たなければならないのです。
真の父母がこの地に来て、アダムとエバを中心としたカインとアベルの恨を解かなければなりません。そうして、兄弟が兄弟を抱き、兄弟が兄弟を身代わりして、友人のために死の道に出ていく心が生じなければなりません。万民を救援しようという博愛精神で、世界人類と親しくなる心が現れなければなりません。それでこそ、新しい生活の基盤がつくられるのです。
アダムとエバの堕落によって、人間は真の父母を失い、神様を失うようになりました。また、カインがアベルの命を奪うことによって、兄弟まで失うようになったので、人間は神様のみ前に進むことができなくなったのです。ですから、堕落した人間は、神様を探さなければならず、父母を探さなければならず、アベルを探さなければなりません。どのようなアベルを探さなければならないのでしょうか。カインに打たれて死んだアベルではいけません。生きて、サタンと闘って勝利したアベルを探さなければなりません。そうしてこそ、一つの家庭の息子として立つことができ、そうしてこそ、悪と善を審判する時、神様の権能を身代わりして審判の権限をもつ息子、娘になることができるのです。
神様は、人間を創造される時、最初にアダムを創造されました。ですから、神様が真の父母を復帰する時も、先にアダムを復帰するのです。それで、歴史を通して神様は、一つの種であるアダムを探すために役事してこられました。その種のアダムを完成したアダムにまで育てていらっしゃるのです。これが、神様が歴史を通して役事していらっしゃることだというのです。それで、アダム家庭でカインとアベルを通して摂理され、ノアの息子たちを通し、アブラハムを通し、そしてヤコブとエサウを通して摂理されました。神様は、個人的な次元から家庭、氏族、そして国家的な次元まで摂理してこられ、ついに再臨主の時に至ったのです。
真の父母は、カインとアベルが一つになった基盤の上で復帰されるようになっています。個人的にそのような原則が適用され、勝利するようになる時は、カインがアベルに屈服しなければなりません。そうして、アベルが兄になり、兄であるカインが弟の位置に立って、アベルに堕落していない本然の兄以上に侍り、従順に従うことができてこそ、復帰されていくことを知らなければなりません。
真の父母になるための人生
来られる主は、どんな使命を完結するために来なければならないのでしょうか。もちろん、花婿の資格を完結するために来なければなりません。しかし、何よりも真の父母の内容を完結しなければなりません。そうして、天地から真の父母として認定を受けなければならず、神様のみ前に真の孝子、孝女という認定を受けなければなりません。そのような孝子、孝女として登場する代表的な祝宴が、正に小羊の婚宴なのです。
真を求めて立ち上がったすべての探検家の前に、勝利者の印を受ける私たちになるためには、歴史的な悲しみと苦衷も甘受し、時代的な悲しみと苦衷も甘受し、神様、真の父母、真の夫婦、真の子女、真の兄弟、真の民、真の国、真の天地の前に立ち上がらなければなりません。このような切実な心情が崩れなければ、その国の民として残ることができ、その国の忠臣、烈女、あるいは孝子、孝女の位置に立てることを知らなければなりません。
誰が世界の主人にならなければなりませんか。悪魔、サタンが主人になる前に、神様が主人にならなければなりません。その次には、この地上に堕落していない人類の先祖アダムとエバ、すなわち真の父母が主人となり、真の息子、娘が暮らすその家庭が主人にならなければならず、その次には、その氏族と、その国と、世界が主人にならなければなりません。これが本然の理想だったのです。
皆さんは、真の父母という言葉を知りませんでした。皆さんと真の父母との距離がどれほど遠いですか。千里のかなたにあります。そこは、たくさんの塀で遮られています。個人的な塀、家庭的な塀、氏族的な塀、民族的な塀、国家的な塀、世界的な塀、天宙的な塀で遮られています。この塀を越えて勝利した方が真の父母なので、真の父母の名と一つになるためには、皆さんもこれを越えなければなりません。そのためには、どのようにしなければならないのでしょうか。乗り越えなくとも、ここに橋だけ架ければいいのです。家庭的な塀に橋だけ架ければいいのです。個人的なことから家庭的な橋を架け、家庭的なことから氏族的な橋を架け、氏族的なことから民族、民族的なことから国家、国家的なことから世界的な橋を架けて、越えるようになるとすれば、頂上まで一度に越えることができます。真の父母が、そのような平坦な大路に、石橋でなく鉄橋を架けておいたというのです。
アダム家庭が天国に入れなかったのですが、父母様が来て全世界の家庭を編成して、一度に門を開いてアダム家庭完成、アダム氏族完成、アダム民族完成、アダム国家完成、アダム世界完成、アダム天宙完成を成し遂げ、地上天国と天上天国に合わせて入らなければなりません。全世界の人たちが、国を越えて一カ所に行くことのできる道をつくらなければなりません。この道は、家庭がすべて父母に従っていく道しかありません。それが復活的家庭編成です。そうして、天国復活の入城が可能になるというのです。アダムが再び祝福を受けて再臨したように、アダム氏族、アダム血族の形態を備えるのです。偽りの父母になったアダムが再び真の父母として来て、アダムの真の父母家庭、氏族、民族、国家、世界、このようになるのです。これができるまでは、天国に入ることができません。天国に入るには、真の父母が入らなければなりません。真の父母が前に立ち、後ろについて入らなければならないのです。ですから、真の父母の血族にならなければなりません。血統が連結されたものは、父子関係です。真の父母の真の子女にならなければなりません。それが祝福家庭です。アダム家庭で堕落してこのようになったので、反対にひっくり返したのが祝福家庭です。
真の父母と一つになって祝福を受けた家庭には、どのようなことが起こるのでしょうか。真の父母と主体、対象として一体理想圏内に入れば、どのようなことが起こるのでしょうか。相対となる祝福家庭も、真の父母に従って、真の父母の生活のすべてのものを受け継ぎ、蕩減しなくても越えていくというのです。家庭的に真の父母の心情を受け継ぎ、氏族、民族、国家、世界的に受け継いだ資格を備えるので、真の父母の対象圏に立つことができるというのです。
先生が現れていなければ、一つになるのは不可能です。真の父母でなければ、一つにすることができないというのです。言葉だけの真の父母や、世の中で人気取りをするための真の父母ではありません。真の父母になるためのその背後で、どれほど広く、高く、険しく、深いところを、泳いで、走って、乗って、越えてきたかという事実を考えなければなりません。そのようなことができる内容を備えたので、神様と霊界のすべての先覚者と預言者たちが認定した基台の上で、真の父母を宣布しているというのです。