天聖経訓読室

第3節 天一国の憲法と教本

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1

先生にとって蕩減復帰時代は過ぎ去っていきます。これからは、天一国の法を中心として、原理原則を中心として、天国の構造的な平衡を取るべき時が来ました。昔とは変わるのです。家庭が天国の出発なので、家庭を中心として再整備するのです。

今は天法統治時代

2

千辛万苦の末にサタンまで屈服させ、苦労して成し遂げた天道を、自分の一族を中心として、自分の家庭と個人を中心として、愚弄することは許されません。天の国に憲法が必要であり、法が必要です。私たちが千年、万年抱えている神様の恨を解いてあげなければなりません。そのために国をもたなければならないのです。

3

神様の王権が樹立され、天の国の憲法が制定されることによって、赦しがなくなります。誤れば、即刻処断するのです。天の国の憲法を中心として夫婦時代になるので、神様に祈り、救世主に祈り、真の父母に祈る時代は過ぎていきます。個人完成をどのようにし、どのように家庭が一つになるかということを、すべて知っているのです。それを知らないということは、これまで先生が語ったことをきちんと受け止められなかったということです。国が成立して憲法が制定され、各分野の法ができたときには、それを知らなかったからといって自分が責任を負わないのではありません。皆さんが知るべきことは、今や復帰摂理によって完成するのではなく、法を守ることによって完成するということです。法を守ってこそ完成するのです。先生には蕩減法がありません。しかし、皆さんは、一代、二代以上、天の法を守ってこそ完成の峠を越えられるのであって、信じるだけでは駄目なのです。守らなければなりません。父子関係には父子関係の法があり、夫婦関係には夫婦関係の法があり、子女関係には子女関係の法があります。ですから、毎日のように点検しなければなりません。

4

天の国があれば、天の国の憲法が出てこなければなりません。憲法が出てきて国家形態を備えれば、主権がなければなりません。その次に、国土がなければならず、国民がいなければなりません。神様を中心とした国土はどこにありますか。主権がどこにありますか。国民がどこにいますか。いないというのです。誰がその委託を受けて、完成させなければならないのでしょうか。再臨主、真の父母がすべきことです。真の父母が世界的基準を失ったので、その基準を越えて神様の愛の主権を成立させ、宣言しなければなりません。神様を中心として、統一天下を宣言しなければならないのです。

5

神様御自身が苦心したすべてのものを、真の父母の統治権を通じた強力な措置で、その期間を短縮させるための革命的な課題が残っています。これがどれほど複雑か分かりません。そのため、国を中心として地上での処理方法を知らなければなりません。天の国を統治できる憲法を、地上でつくらなければなりません。地上で完成できる解放的条件を設定しなければならないのです。

6

人類の願いとは何でしょうか。最後の世界的な前線に立つのが、堕落した人間の最後の願いです。その前線で勝利して、その勝利の権限をもって世界を神様のものとして返してさしあげるその日を迎えるのが、私たちの願いです。その次には、捧げたものを「これは、お前たちが探し出して成し遂げたので、お前たちのものだ!」と言いながら、神様が再び愛とともに祝福してくださるとき、それを受け取ることができる、その日を迎えるのが私たちの願いです。そのようにすることによって、世界は「私の国」であり、世界は「私の地」であり、世界の民は「私の民」であり、世界の主権は「私の主権」として所有することができるのです。その主権をもって進み出るとき、そこに一つの法、一つの憲法を中心として、新しい生活体制、新しい社会体制、新しい暮らしの体制を備えるようになり、そこから初めて天国生活が始まるのです。そこが私たちの住む所です。

7

神様を中心としてアダムとエバが一つになり、愛を中心とした出発から、愛の故郷が顕現しなければなりません。その愛の故郷の土台の上で、神様を中心として一つになった新しい夫婦から、新しい子女が誕生して家庭を築き、その次に家庭を中心とした氏族の拡大によって一つの民族を形成し、その民族を中心として初めて、天の国の憲法を中心とした一つの統治的地上天国が完成されなければならないのです。

天の国の憲法は真の愛が根幹

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神様が一つの憲法をつくるとすれば、愛を擁護し、愛を立てるための憲法をつくるのです。これが天の国の憲法であり、その法を通して治めるのが天の国の政治です。これは、この上なく理論的です。

9

天の国の憲法は、個人の生活を完全に維持させることができ、家庭と社会と国家が侵害を受けず、完全に進むことができる内容を決定するものにならなければなりません。神様の息子、娘が暮らせる個人的生活観、家庭的生活観、国家的生活観、世界的生活観、天宙的生活観を保護し、その生活を支えられる内容の法を制定しなければなりません。それが、神様の願う天の国の憲法になるでしょう。

10

天の憲法の中で、第一は、神様を自分の体以上に愛しなさいということです。その次に、神様が愛する兄弟を自分の体以上に愛しなさいということです。その場に立つ人は、生まれてから、天上世界のどこに行っても、遮る人がいません。そのような基盤が堕落によって汚されたので、これを清算しながら、新たに主流となるキリスト教文化圏を中心として、世界を統一しようとしたのです。

11

今まで天の国がなかったので、神様の国の憲法を発表できませんでした。今やそのような時代が訪れたので、神様の国が成し遂げられると同時に、神様の国の憲法とすべての法律が制定されることによって、地上でそれに合うように生活したのちに霊界に行けば、すべてのものが無事通過です。もしそのとおりに生活できなければ、すべての基準において引っ掛かるのです。

12

今や、天の国の憲法を中心として、法の統治時代が来ました。アダムとエバは、堕落することによって、即刻地獄に落ちました。これからは、救援摂理を語るのではなく、天の国の憲法と天の国の諸般の法が出てきたので、真の愛を根幹とした法のとおりに生きなければなりません。天国は法を中心として完成するのです。

13

神様の愛は、個人を犠牲にさせて家庭的愛を探し立て、家庭を犠牲にさせて氏族的愛を探し立て、氏族を犠牲にさせて民族的愛を、民族を犠牲にさせて世界的愛を、世界を犠牲にさせて天宙的愛を探し立てるのです。天宙を犠牲にさせて神様の愛を解放することを制度化しておくことが天地の道理です。そのような道理の法度を神様御自身が憲法として制定したので、神様御自身も、その法に従って前進しているのです。

14

天の国の憲法制定が私たちの目標です。私たちの生活規範と言える天の国の憲法を制定し、万国に宣布して全天宙に宣布する日が来なければなりません。それが出てきてこそ、個人の生活や社会の法、社会制度をつくることができるのです。

15

先生は、天の憲法、天の法がどれほど恐ろしいかということを知る人です。先生は、その法に引っ掛からないように、千辛万苦の道を直行しているのです。愚かだからではありません。皆さんよりも頭が悪いから、そのようにするのではないのです。あまりにもよく知っているので、この道を行かざるを得ないのです。

16

私たちが地上の国さえ建設できれば、憲法で治めるのです。神様が真の父母と天地父母を中心として、天地の憲法制定を発表するのです。それは、地上の法ではありません。天の国の法であり、理想的な永遠の世界の法なので、この地から守る訓練をしなければならないのです。自分勝手に生きてはならないというのです。

17

この地球星には、神様の国がありません。五色人種(あらゆる人種)が怨讐を愛しながら、氏族と民族と世界が争わず、一つになって進んでいけば、祖国光復が成し遂げられるでしょう。そうして神様の祖国を復帰し、天の憲法を宣布する日になれば、それは永遠無窮に占領されることがなく、永遠に記念せざるを得ない最高の日になるでしょう。

18

百六十家庭が一つになることによって、入籍時代が始まります。今、皆さんが生まれれば出生屈を出さなければならず、結婚すれば婚姻届を出さなければならず、死ぬと、死亡届を出さなければならないのと同じです。国が設定されれば、憲法を中心として、戸籍など、それに対する体系を整えて管理できる基本法ができなければなりません。その国に入籍するためには、母国語が分からなければなりません。言葉と文化と生活環境が、完全に真の父母様の文化圏を相続し、心情文化世界を代表した家庭として同じ形を備えなければ、天国に入籍できる資格が剥奪されるのです。

19

天の国の法を守り、天の国の王宮法を尊重しなければなりません。これから、南北が統一された世界の、すべてのものに備えなければなりません。その訓練をすべき内容がまだ残っています。そのときには、誰もが入れるわけではありません。入籍時代が来るのです。そのときには、大学を卒業して博士になり、大学教授として入籍することよりもっと難しいのです。自分一代の一族のすべての歴史を編成して、そこを通過しなければなりません。霊界と肉界から鑑定を受けて選出するのです。

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天法によって保障できる法がありません。それで、先生を通して法をつくろうと思います。天法を立てなければなりません。人法ではありません。人権ではありません。天権を立てようというのです。皆さんが求めるのが人権ですが、フランスであればフランス人の人権、韓国であれば韓国人の人権ではありません。第四次イスラエル国の人権です。怨讐と怨讐同士で争うのではなく、怨讐と怨讐同士で額を突き合わせながら、「あなたの娘を私の息子に、私の娘をあなたの息子に!」と言い、互いに喜べるアイデアをもった人が、天の国の王権を守れるのです。

天の子女の教本

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神様の恨とは何でしょうか。第一は、天の子女の教本を立てられなかったことであり、第二は、天の兄弟の教本を立てられなかったことであり、第三は、天の夫婦の教本を立てられなかったことであり、第四は、天の父母の教本を立てられなかったことです。四代に教えることのできる教本を作って人類を教育できなかったことが神様の恨です。神様がすべて教えてあげるようにしていたならば、今日、このような悲惨な姿はなかったでしょう。このような悲惨なすべてのものを見つめられる神様は、神様御自身が責任をもって教育できなかったことを嘆かれながら、教育できるその日を探し求めて今まで歩んできたのです。新しい国の民となり、新しい国になるためには、このような教育原則に合格した人にならなければなりません。神様の恨を解怨できる個人と家庭と氏族と民族と国家になってこそ、新しい国になるということです。

22

天の子女の教本を立てられなかったのが神様の恨だったので、天の子女の教本が再び出てくるのです。それでは、父母の前にいる子女は、どのような思いをもたなければならないのでしょうか。アダムの立場からエバを見るとき、そのエバだけではありません。エバは神様ゆえに生まれました。エバは真の父母になれなかったので、真の息子、娘は生めませんでしたが、もし真の父母になれば、その息子、娘も真の子女になるのです。その子女は、縦的神様と横的真の父母ゆえに生まれたというのです。

23

神様の愛、真の父母の愛、未来における自分の相対の愛、三大愛をしっかりと保たなければなりません。これを一人で勝手に扱えますか。これを打って被害を与えるのは、神様に被害を与えることであり、父母に被害を与えることであり、「私」の未来の愛の相対を破滅させることなのです。そのような愛をもって相対と向き合わなければなりません。それが神様の子女がもつべき愛を中心とした教本、公式の教えです。兄弟を憎むのは神様を憎むことであり、父母を僧むことであり、将来の自分の相対圏を破滅させて否定することなのです。愛を取り去ってしまうのです。ですから、そのような人は、神様だけでなく、父母や万物全体が嫌います。神様から真の父母、被造世界全体の怨讐の位置に立つようになります。アダムとエバが愛の相対となり得るように、神様は教育できなかったというのです。神様の恨を解ける天の子女の教えの原則は、このような基準なので、兄弟が仲良くしなければなりません。父母を中心として、神様のみ前に、万物の前に、そのように過ごさなければなりません。

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右弦と左弦があるというとき、右弦をプラスとし、左弦をマイナスとすれば、右弦と左弦は、それぞれ男性を代表し、女性を代表します。また、男性は天を代表し、女性は地を代表しており、前後を中心として見れば、男性は前を代表し、女性は後ろを代表します。ですから、球形の理想を完成する相対的条件を無視してはいけません。それは、相対的条件を無視すれば、神様や人間だけでなく、被造世界も嫌うという意味です。相対的存在を否定するので、そのような立場に立つようになることを理解して、このような教育を徹底的にしなければなりません。それが、神様が教えてあげたいと思われた教本の内容です。エバの前に神様がいて、父母様がいて、愛の相対がいます。それと反対の立場にいるのがアダムです。このようになっているので、アダムとエバが将来、神様の代わりに、父母様の代わりに息子、娘を生めるようになるのです。その息子、娘は、自分の息子、娘を生むのではなく、万宇宙を代表した主人の資格をもつ息子、娘です。そのような点で、第一に、三大愛を中心とした存在として、子女教育を徹底的にしなければならないのです。

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第二は、自分以上に子女に関心をもって対しなさいということです。それでは、一日の生活において、どのようにすべきでしょうか。ここに汚点を残さず、誤っていない位置に行こうとすれば、自分のこと以上に、兄弟や子女と向き合うのです。自分以上に関心をもって、自分以上に待遇するのです。家庭で兄弟が生活すれば、良い物は互いに先に取ろうとするでしょう。しかし、兄が来るまで待たなければなりません。良い物は兄がまず取り、その次に弟が取り、待っていた末の弟は最後に取らなければならないのです。そのように秩序を立てる教えをもって、赤ん坊をおんぶし、子守唄を歌いながら教えてあげなければなりません。「父母のように、このように愛さなければならない」と、父母が教えてあげるのです。

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第三は、自分の所有のように大事に思うことです。自分の物のように大事に思いなさいというのです。理想的な愛は、子女から始まります。父母から始まるのではありません。愛という言葉は、夫婦から始まるのでもありません。夫婦とは、男性と女性が他の父母から生まれ、出会うことです。それでは、理想的な愛はどこから出発したのでしょうか。それは子女です。アダムとエバを愛の対象として造ったので、神様のみ前に対象の愛をもって、対象において実を結んでこそ返ってくるのです。理想的な愛は、父母から始まるのではなく、子女から始まります。子女ゆえに理想的な愛が出発し始めるというのです。父母が子女を愛するのは父母の愛ですが、その愛の出発の動機は、父母のためではなく、子女のためだというのです。ですから、愛をもった人は、万民を子女のように愛さなければならないという結論が出てきます。万民をそのように愛する人は、神様のように愛するのです。父母の立場を身代わりできる立場に立つということです。

天の兄弟の教本

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第一に、兄弟は横的世界を代表するので、互いのために生きなければなりません。真の愛は、ために生きるところから始まります。二人が出会うことによって、向こうからはこちらに、こちらからは向こうに、互いに与えようとするとき、円形運動が起きるのです。円形運動が起きれば、そこから理想圏が広がります。兄弟をなぜ大事に思わなければならないのでしょうか。兄弟は、版図が世界的であり、子女は縦的です。兄弟の愛によって横的な基準が広がっていくのです。ですから、兄弟を愛するのは、世界を愛することです。万民平等思想は、万民兄弟愛を中心として連結されます。それは、世界性を中心として語るものです。そのため、兄弟の愛は一つの軸から拡大されていくのです。

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第二に、父母と兄弟と「私」です。「兄」と言えば、父母の愛が加わり、兄弟愛が加わるというのです。本来、兄弟は、分かれることなく、あとから横へ広がっていく愛を実践しなければなりません。「私」のための開拓者の位置に立つというのです。男性が行く道は、女性が将来一つになれる所有版図を拡大させるためのものであり、女性が行く道は、将来愛を中心として一つになることによって、男性の新しい版図を拡大させるためのものです。そうして、右弦であれば右弦、左弦であれば左弦の新しい版図を拡大させるための立場にいるので、その兄弟は、「私」の代わりに愛の版図を拡大させると見なければなりません。兄がもっているものが「私」に関係ないとしても、そのように何度も大きくなっていき、版図が拡大されることによって、それが「私」の版図のためのものになるのです。兄弟をたくさん愛する人は、版図が広がるというのです。兄弟が多ければ版図が広がるという話は、そのことについて語っているのです。そうして、兄弟愛を世界に拡張できるのです。子女愛ではできません。兄弟愛を中心とすれば、世界に拡張できる版図を開拓できるということです。そのため、父母愛と兄弟愛と「私」のための愛を身代わりして開拓者の道を行く人は、父母の愛と、兄弟の愛と、未来の愛を合わせた人のように対さなければなりません。未来の「私」の愛の版図を開拓するための道が、兄弟愛が行く道です。

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第三に、兄弟の愛でために生きる人は、世界圏を占有するということです。兄弟を愛するというのは、世界版図を拡大して、世界版図圏を探し出すためのものです。そして、横的基盤が大きくなり、中心存在になるというのです。最後には、縦的基準と一つになることによって、横的基準が大きくなり、中心存在と一体になるのです。そのようになれば、垂直と一つになって永存できる位置に入るようになります。神様の直接的な縦的世界と一つになり、一体圏に越えていくというのです。

天の夫婦の教本

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第一に、父母の愛、子女の愛、兄弟の愛を受け継ぎ、夫婦の愛を得ることによって、三段階の愛を探し出し、真の夫婦になります。子女の愛、兄弟の愛を経ていない人は、夫婦の愛を得ることができません。父母の愛と、子女の愛と、兄弟の愛を受け継ぎ、夫婦の愛を完成することによって、三段階の愛を探し出した真の夫婦になるのです。真の夫婦は、子女の道理と兄弟の道理を経て、愛することができる立場に至って、初めて始まるのです。しかし、子女の時代、兄弟の時代を経て一つになるためには、夫婦にならなければなりません。結婚は、男性の世界を占領し、女性の世界を占領し、男性と女性の世界を占領したのちに、神様を占領するためのものです。それが結婚の目的です。なぜ神様を占領しなければならないのでしょうか。創造主の代わりに、「私」も創造主の立場に立って子女を繁殖するためには、神様を占領しなければならないという結論が出てくるのです。これが創造の教本の内容です。

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第二に、東西が合わさり、上下が合わさり、前後が合わさって、天地合徳(和合)が成就されるというのです。夫婦は東西が一つになることですが、東西が一つになるのは上下が一つになることであり、前後が一つになることであり、天地が一つになることです。天地合徳が成就されるというのです。神様にとって、願いを成就する土台を成し遂げるという意味です。

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第三に、すべて合徳しなければなりません。神様は縦的で、アダムとエバは横的なので、この縦的な神様と横的なアダムとエバが合わさってこそ、新しい定着が成立するというのです。神様も内的な本性相を中心として、外的な本形状を中心とした横的なアダムとエバの実体が一つになって、初めて位置をつかむのです。定着が始まります。堕落することによって、それができませんでした。天の教本と一致できず、完成した愛の理想圏において定着できなかったので、今日、この宇宙には中心がないということです。縦的な神様と横的なアダムとエバが合徳を完成したあとにこそ、新しい真の愛を中心として、定着が始まるというのです。

33

第四に、合徳を通して定着することによって、神様を身代わりした父母の位置に進む資格をもつ人になります。定着して一人の定着人になる代わりに、主人の資格を備えて宇宙に登場するのです。

天の父母の教本

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第一に、父母、子女、兄弟、夫婦の愛を結合することによって、再創造主の位置に進んで子女を繁殖し、神様の代わりに地上王権を伝授されるというのです。堕落したために四大愛が分かれてきたのですが、これを総合して結合したその場に立つことによって、神様の位置、再創造主の位置に進んで子女を繁殖し、神様を身代わりした地上王権を伝授されるのです。天の国の王権を中心とした全体を地上で伝授されることによって、地上天国が形成されるということです。

35

第二に、理想的家庭を地上に拡大することによって、宗主になります。神様の代わりに地上王権を伝授されることによって、理想的家庭を地上に拡大するのです。そのためには、一つの家庭だけではいけません。拡張しなければなりません。拡張することによって、宗主になるのです。氏族的メシヤになるということです。

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第三に、宗主としての責任完遂とともに、王権を成立するということです。氏族的メシヤの思想を中心として責任完遂をすることによって、王権が成立するというのです。このように、宗主権を中心として王権の位置に進めるのです。

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第四に、天地が合徳することによって、天上王権と地上王権が成立するということです。これを通して天と地が一つになり、地上天国と天上天国になるのです。地上王権と天上王権が展開することによって、アダム創造の理想が幕を閉じるということです。

天一国国民誓約文

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天一国の国民として召された私たちは、神様と勝利された平和の王、天地人真の父母様の天正宮博物館入宮・戴冠式を迎え、実体的平和理想世界王国時代の出帆を慶祝申し上げ、天地人真の父母様の天命に従い、神様の創造理想世界を天上天下に完成することをお誓いし、次のとおり宜誓いたします。一つ、私たちは、真の心情文化実現と定着を通して、天の伝統を相続した共同体を形成し、すべての血族と民族を指導できる天一国の民族アイデンティティーを確立することをお誓いし、宣誓いたします。一つ、私たちは、勝利された平和の王、天地人真の父母様を中心とした一つの主権、一つの国民、一つの国土、一つの文化を形成し、永遠の太平聖代の平和王国を創建することをお誓いし、宣誓いたします。一つ、私たちは、分裂と対立によって綴られた先天時代の幕を閉じ、天が開いてくださった後天時代の新しい秩序と平和を守護する先鋒隊となり、世界一家族時代を開いていくことをお誓いし、宣誓いたします。一つ、私たちは、霊肉一体化を完成することによって、神様の創造理想である天宙大家族を形成し、永遠の天宙平和理想世界を完成することをお誓いし、宣誓いたします。