アジアの東方にある小さな韓半島、その中でも韓民族は、排斥された民族であり、追われる群れでした。神様は、追われるこの群れを通して、世界的な摂理の主権を立て、新しい時代を創建しようとしました。この民族が末世的な患難と塗炭の苦しみに陥っているこの世界、民主世界と共産世界が互いにぶつかり合う環境の中で、祭物になった原因がどこにあるのかというと、正にそこにあるのです。そのような意味で、韓国は、共産世界においても民主世界においても重要な国なのです。
第4節 南北統一と世界平和
韓半島の摂理的意味
韓国は、歴史時代のあらゆる宗教と人類を、神様のみ旨に合うように収拾して、統一的な世界と統一的な天国を建設するための責任を果たす国にならなければなりません。文化背景を中心として南北が統一され、そのような位置をつかむことにより、世界の宗教を動かし、世界万民を動かせる位置に立ってこそ、イスラエルを選ばれた神様のみ旨と一致する宗教圏が顕現し、神様のみ旨に一致する民族圏、国家圏が形成されるのです。韓国は、南北に分かれました。堕落とは、心と体が分かれたことです。世界的に見るとき、北側は唯物論で物質が主であり、また南側は唯心論で心が主です。これは、アダムとエバの堕落によって心と体が分かれましたが、それぞれ全世界的に分かれて実を結んだのです。
韓国は、南北に分かれているので、いくら民族を取り戻したとしても、一つの主権を取り戻すことはできないのです。一つの主権を取り戻すためには、民族が団結して闘わなければなりません。この民族がそのようにして主権を取り戻したとしても、その主権だけでは「すべてが成し遂げられた」と言うことはできません。主権を取り戻したなら、世界に向かっていかなければなりません。主権を犠牲にすることがあっても、世界を取り戻していく闘いの行路を経なければ、神様が取り戻そうとされる平和統一の世界は来ないのです。
韓国は、三十八度線を中心としてアベル国家とカイン国家に分かれました。ここでカイン国家である北朝鮮がアベル国家である韓国に屈服しなければ、世界平和が訪れません。世界も大きく見れば、民主世界と共産世界に分かれています。この分かれた民主世界と共産世界が接触した所が韓国です。ですから、韓国の統一は、世界統一の一つの方案になるでしょう。
大韓民国が、今後、世界で生き残り、世界の万民に歓迎される国になるためには、大韓民国の主権と大韓民国を犠牲にして世界を生かそうと、先に十字架を背負う民族にならなければなりません。十字架を通して勝利の拠点となって平和の王国が建設される日には、十字架を背負った民族が栄光の出発点に立つのです。
統一教会の人々は、一つの氏族のような立場において大韓民国のために犠牲にならなければなりません。犠牲になれば、大韓民国は今日のような大韓民国にならないでしょう。南北に分かれた国ではなくなり、統一された国、一つの国、より高次的な理想によって、北朝鮮にいる人々までも私たちを歓迎する思想に立脚した国になるでしょう。そのような国をつくらなければなりません。彼らを教化させて、正しい人、すなわち神様をあがめ尊ぶことのできる人にしなければなりません。そうなれば、統一された一つの国が自動的につくられるのです。このように一つになった国を成し遂げるようになれば、その国は世界を利用する国ではありません。世界のために犠牲になる真の国になるのです。
私たちが蕩減復帰という厳然たる因果法則を、摂理歴史過程で否定できない原則として公認すれば、この世界史的な終末時代において、世界史的な蕩減の使命を果たす悲惨な国がなければなりません。それはどの国でしょうか。その国は、ほかでもない韓国です。韓国が六・二五動乱を通して三十八度線という対峙線を中心として、この民族とは何の関係もなく、縁もなかった左右の世界史的思潮のゆえに、祭物となって血を流したという事実は悲惨なことです。世界舞台において、再び悲惨な運命の位置を代表する立場にある国が韓国です。このような事実を見るとき、どうして韓国は、このような運命圏に追いやられなければならないのかを考えざるを得ないのです。
民主主義と共産主義が韓国で対決しています。板門店を中心として二大陣営がお互いに甲論乙駁しているのですが、この事実が正に、天の世界とサタン世界がお互いに闘っていることを表しているのです。外的には、このように韓国と北朝鮮が対決していますが、内的には歴史的な事実と時代的な事実と未来的な事実を中心として、神様とサタンが最後の対決をしているのです。そのようにすることによって、内的な蕩減条件を立てなければなりません。歴史は、このような両面的な関係をもって流れているのです。
韓国は、三十八度線を中心として南と北に分かれています。原理から見るとき、祭物は裂かなければなりません。そして、祭司長が祭物を捧げるときは、上下を問わず、祭壇の前に頭を下げるのです。贖罪の祭物の前には、その国の君主も頭を下げるようになっています。今後、統一教会は、民族全体がそのようにする基準を築かなければなりません。それができなければ、統一教会の使命は完結されないのです。
韓半島が南北に分かれたのは、解放直後にキリスト教と先生が一つになれなかったからです。キリスト教と国が先生に反対し、先生と一つになれなかったからです。ですから、国の代表と教会の代表が先生を中心として分かれたので、その再蕩減基盤を築き上げてきた先生を中心として一つにならなければなりません。韓国の地域全体が先生に順応できる基盤、版図が既に連結されているのです。
神様は、人類の祖国たる韓国を保護し、祖国光復のために韓国動乱に世界のたくさんの国を動員させました。祖国光復のための独立軍として犠牲になった人々が、韓国動乱の参戦勇士たちでした。韓国動乱は、神様の摂理から見るとき、祖国光復のために血を流させるための世界的な動員でした。韓国動乱当時に、イエス様が空中に現れたという話も、これを後押しする材料です。そして、イエス様の顕現とともに、韓国動乱は、神様の聖殿を取り戻すための偉大な戦争なのです。また、韓国は、摂理的な意味をもつ国として、ここに真の父母が現れれば理想的な祖国になるので、祖国光復のために天が民主世界のキリスト教思想をもった国家を動員して戦うようにしたというのです。
韓半島と環太平洋文明
エジプトを中心として形成されたナイル川文明が、地中海を中心とした半島文明のギリシャ文明を経て、ローマ文明で結実しました。それでは、どうして文明は、西欧圏で循環しなければならないのでしょうか。堕落のために、そのようにならざるを得ません。本来は、アジアを中心として世界統一文化を形成しなければならなかったのですが、人間が堕落することによって、その反対の立場から出発しなくてはいけませんでした。それは、原理的な観点に一致します。そうして、ナイル川を中心として形成された地中海文化圏である口ーマ文明圏を経て、島国のイギリスが近代西欧文明、キリスト教文化圏を中心とした近代文明形成の揺りかごの地になったのです。しかし、それはそこでは定着できません。それは、いずれ一周してアジアに戻ってきて統一文明圏を形成しなければなりません。そうなることが神様のみ旨なので、そのような結果に到達しなければならないというのは、当然の結論です。かくして世界的な奇跡を遂げ、近代文明を形成したアメリカは、太平洋をつなぐ太平洋文明圏として、アジアと連結しなければならない最後の道が残っているのです。
西洋文明と東洋文明は、いつ一つにならなければならないのでしょうか。また、どこで一つになるべきでしょうか。島国で一つになるのではありません。半島で一つになるのです。このように見るとき、アジアにおける半島国家として、最も微妙な立場にある国が韓国です。韓国周辺を見ればロシア、中国、日本、アメリカがあります。「歴史は今から太平洋文化圏時代に移る」と、学者たちが言っています。世界の政治、経済、歴史学者たちが「そのような時代が来る」と言っているのです。
文明は、半島を中心として発展します。半島を中心として、海洋文明と大陸文明が交流し、連合して文明が発展します。ですから、ギリシャ半島やイタリア半島、スペイン半島を中心として文明圏が発展しました。今、世界史的に問題になっている半島とは、アジアにある韓半島です。ですから、世界の大運勢によって西洋文明と東洋文明が調和していくのですが、この二つは、いずれ一つにならなければなりません。これがどこでぶつかるのでしょうか。世界的な運勢を中心とした太平洋文明圏内において、中心となる島国と半島と大陸が連結された所でぶつかるのです。このような環境的中心地域として、要塞地のような所が韓半島です。これは、地政学的に否定することはできないのです。
韓民族の試練は、この民族自体だけのものではなく、摂理的なものであり、神様はこの民族がそれを克服することを待ち望んでいらっしゃいます。世界史の総合的遺産であると称することもできる東と西、南と北、精神と物質、唯心と唯物の対決と混沌が集約され、この韓半島においてひしめき合っているのも、ちょうど新時代を宿した妊婦の苦しみのようなものです。韓民族の民族的、国家的困難は、神様のみ旨と摂理を離れては解決できないものであり、韓国単独ではなく世界との関係の中においてのみ、解決は可能であると見るのです。今こそ韓民族は神様のみ旨を悟り、神様が世界の精神界を指導する目的で遣わされた方に従い、苦難を乗り越えなければならないのです。
世界文明は、間違いなくアジアに訪れてきます。太平洋文明圏の時代が到来するというのです。今日、社会科学を研究する著名な学者たちはもちろんであり、科学界の学者たちまでも、「太平洋文明圏の時代が来なければならない。歴史的帰趨はそのようになる」と主張します。先生は既に四十年前から、「太平洋文明圏時代が来る」と教えてきました。それがどの国に行くかということは、誰も知りません。先生は、大韓民国が主導しなければならないと見るのです。
今から太平洋文明圏が訪れます。アメリカ、日本、韓国、中国、ロシアを中心として争いの場が生まれざるを得ない、このような状況と文明と文化の背景において、準備しない国は後退するのです。そのような先端に立って準備をした男が先生です。ですから、日本を結び、アメリカを結び、中国を結び、ロシアを結びました。そのような先生とアメリカの人々が、手をつないで一つになって大きな仕事をすることは、今後、アメリカと世界、太平洋文明圏において共同運命圏を勝ち取っていく一つの条件になることを考える時、希望的なのです。
今の時は太平洋文化圏時代です。歴史は、河川文化、地中海文化圏を経て大西洋文化圏を回って、今、太平洋文化圏を中心として宇宙空間文化圏に跳躍する時代が訪れつつあります。これをいかにつないでいくかということが、世界の政略家たちが模索する問題ですが、彼らによって解決されることはありません。先生が世界で立派だという政治家たちをみな集めて、数多くの国際的な会議をしました。彼らの結論は、先生の思想だけがこの時代の希望だというものです。
半島の国は、いつも歴史文明の発祥の地です。新しい文明を誘導できる起源地だというのです。ギリシャがそうであり、イタリアがそうでした。世界的な立場において、あらゆる文化を総合できる一つの歴史的使命を果たしてきたのです。東北アジアにおいては、韓国が重要な立場にいます。キリスト教文化圏を中心として、アメリカを中心として世界を制覇できるその保護圏内に韓国が生まれました。ですから、ローマ時代のキリスト教を中心とするイエス様の時代を蕩減しなければなりません。ローマのような世界的な基盤を中心として、キリスト教を中心として、属国のような立場が大韓民国だというのです。
南北統一は真の愛で
二十一世紀に期待するビジョンとは何でしょうか。それは、平和の世界、統一の世界、一つの世界です。世界も、一つの新しい平和の世界、統一の世界を望んでいて、私たちの民族も南北統一を望んでいます。さらには、「私」自身はどうでしょうか。いくら世界に平和が訪れたとしても、私たちの国が分断されて危険水位を越える立場にあるならば、私たちの国は世界平和とは関わりがないのです。また、南北統一がもたらされたとしても、私自身において心と体が葛藤する立場にいるとすれば、南北が統一された平和の大韓民国も、私には理想の国家となることはできません。ですから、世界の平和の前に国の平和を準備しなければならず、国の平和の前に個人の平和を準備しなければならないのです。
統一教会は、国よりも先に、民のために闘わなければなりません。民族のために闘わなければなりません。ところが民族を見るとき、南北に分かれています。民族が分かれていれば、主権があるといっても、一方的な主権にしかならないのです。何よりも重要なことは、韓国と北朝鮮を凌駕する民族的精神基準を、どのように一元化させるのかということです。これが、今後の統一教会が力を入れるべき課題なのです。
神様が願われる国が取り戻されれば、世界復帰は一瞬のうちにできるのです。一つの国から三つの国を越える時には、四つの国になります。そうすれば、世界に四位基台国家の形態が整えられるので、サタンが侵犯できない四方の防御城が築かれるようになります。その時に、初めて平和の世界、天国の沃上が形成されるのです。それが統一教会の求めていく本郷です。そのために、私たちの情熱を捧げ、私たちの若い生を投入するために集まった群れが統一の群れです。生の路程を塞いでいる悪の勢力が手ごわくても、それを粉砕し、解体して、くまなく根を抜いてしまい、一時に遮断することを決意し、誓う人々が統一の群れなのです。
指導者は、食口たちを強力に追い立てて、現実生活において、より理想的な構造をもつ実績を築き、その価値を高めなければなりません。統一教会は実績を通して国家や世界が公認できる基準をつくらなければなりません。これをつくることができなければ、神様のみ旨も何も、成し遂げることはできません。そのような意味で、韓国を訪れる縁と国運、あらゆるものと向き合い、私たちが国家を救おうという新しい信念と絶対的な信仰をもちながら、「世界を救うまでは死ぬことができない」と考えなければなりません。そのような信念が結合した運動をすることによって、統一教会を中心とする主体的な思想が韓国の地を動かし、北朝鮮の地を動かすならば、国は滅びても世界を救うことができる道は残ります。ですから、先生は、国のために愛国、愛族の思想をもって歩む統一教会を共産党が見て、自分たちよりも優れていると認証できる材料が必要だと長年にわたって主張しているのです。
血のにじむ歴史的な道を開拓してきたその生活は、悲しく悲惨でしたが、それが自分の一身の幸福のためではなく、民族の解放と世界の平和のために天の使者としてそのようなことをしたとすれば、これは永遠に歴史に残るでしょう。その実績が高らかに光り輝く時に、この基盤を通して韓半島の解放はもちろん、アジアの新しい解放の鐘の音が鳴り響くのであり、世界解放の気運がここから湧き上がってくるのです。
先生は、北朝鮮の地に入って、たくさんの苦労をしました。しかし、先生は怨讐に追われ、興南収容所でとらわれの身になって凄惨な拷問を受け、肥料工場に行って死の峠を越える重労働もしましたが、「私は滅びない。私の命令に従って、私の燃えるこの心情を受け継いだ世界のすべての若者たちが、爆発するような燃える心を抱いて北朝鮮の地に向かって総進軍する一時が来るだろう」という、このような思いをもって過ごしたのです。
先生が三十八度線を越えながら、神様のみ前に祈ったことがあります。「お父様、この三十八度線を再び越える時には、大韓民国が越えてこなければなりません」と涙を流しながら祈りました。先生はいつも、その時に決意した内容を忘れずにいます。それで、故郷の地を恋い慕いながら三十八度線を越えましたが、平壌にまで行っても故郷には行きませんでした。行くことができませんでした。先生自身が誓った使命を果たすことができなければ、死んでも故郷に行くことができないのが先生の運命です。それで、監獄から、あるいは悲惨な運命の道で裏切られ、民族が怨讐視する道を経て、今日、これほどの基盤を築いたのです。
私たちの最後の決勝点、決勝線はどこでしょうか。それは三十八度線です。これを越えなければなりません。これが、統一教会がぶつかって越えるべき最後の決勝線です。それを越えるためには、誰にも負けてはいけません。私たちは、共産党以上にならなければなりません。そのいかなる宗教もついていくことのできない、そのような実績を備えておかなければなりません。私が三十八度線を越えながら天のみ前に決意して祈った基準が、そのようなことでした。私の故郷の父母、兄弟に会うことができずに、韓国の地に来ました。監獄の鉄格子の扉を開けて出てくるその日、「お母さん!」と叫んで走っていきたいと思い、私のために犠牲になった兄を訪ねて会いたいと思い、犠牲にした兄弟たちに会いたいと思ったのです。その思いは人間として、動物ではない以上、誰にでもあるものですが、その道に背を向けるしかありませんでした。二日以内に行くことができる距離でしたが、それまでに縁をもった人々を収拾して、北朝鮮に背を向けて韓国の地に向かってきたのです。
先生が三十八度線を越える時、南北統一を自分の手で成し遂げようと決意したように、皆さんも家庭に入って、一族を中心として決意しなければなりません。父と母が祝福家庭なら、さらに良いのです。三代を中心として、息子、娘まで抱いて、私たちの家庭がいくら困難な恥辱の道を行っても、南北統一とアジアの統一は自分の手で成し遂げよう、と誓う時になったことを知らなければなりません。
私たちの課題は祖国統一です。これは、私たちの宿命であり、私たちが生涯を捧げて成し遂げるべき終生の聖業です。先生は今まで、神様のみ旨に従って統一の聖業を成し遂げようという一念で生き、残りの人生も、ただ神様のみ旨を成し遂げる一念で生きていくでしょう。統一を念願する韓半島の七千万の同胞は、今から葛藤と闘争を終息させ、和解と愛で民族の同質性を回復することに民族を挙げて立ち上がることを願う次第です。銃刀を溶かして鎌とすきをつくる時が今であり、今、統一祖国の明るい新世紀を迎える準備を急がなければなりません。
世界は、民主世界と共産世界に分かれていますが、民主世界は唯心史観なので心の側であり、共産世界は唯物史観なので体の側です。このように分けざるを得ません。この二つの世界が今、大きな波紋を起こしていますが、この波紋がどこから始まったのかといえば、皆さん自身から始まりました。皆さん自身がその波紋の種です。これが問題です。ですから、皆さんは、世界のどこかの政治家によってこの世界が統一されると考えてはいけません。統一の方案は、どこにあるのでしょうか。それは、外部にあるのではなく、内部にあります。統一の方案は、「私」の心と体の争いを平定させて、心が先に立つようにしなければなりません。そのようにして、心が「行こう」と言うとおりに、私の体が行かなければならず、家庭が行かなければならず、社会が行かなければならず、国が行かなければならず、世界が行かなければなりません。このようになれば、統一は自動的に成し遂げられるのです。
南北統一は、単に今の国家だけの問題ではありません。これは、大きくいえば世界的な問題であり、小さくいえば個人の問題にも連結されます。世界の統一の前に、国家の統一がなければなりません。国家の統一の前に、家庭の統一がなければなりません。いくら夫婦が幸福を願っても、一つになれないときは、その家庭が幸福になれません。また、その家庭が幸福であることを願っても、「私」個人が幸福でなければ、その家庭の幸福も不可能なのです。昔の言葉で、「家和万事成(いえわしてばんじなる)」という言葉があります。最も重要なことは、夫婦が一つになって平和の家庭を築くことです。これがすべての解決の基点になるのです。
統一の方案は、どこにあるのでしょうか。他のために与えるところにあります。愛が宿ったものは、何でも喜んでもらいたいものなので、その良いものを永遠に与えることができる立場に立つようになれば、北朝鮮も統一されます。現在の北朝鮮の国民たちの生活よりも豊かな立場で、永遠に与えることができる基盤さえつかむようになれば、共産党の宣伝などは受け入れられないのです。彼らの生活水準より貧しいのに、与えると言ってはいけません。彼らが「受け入れない」と言うのです。より豊かな立場で与えなければなりません。大韓民国が生きることのできる道は簡単です。大韓民国が経済分野、生活分野、知識水準などのあらゆる分野で群を抜き、永遠に与えることができる立場に立つようになれば、完全に一つになります。一つになってはいけない」と言っても、一つになるのです。
神様が先生を立てたのは、天倫の行くべき道のためです。生涯を通してその道を歩んでいくようにしたのです。共産党を滅ぼすためではありません。共産党まで救援しようというのです。先生は、アメリカのワシントン大会が終わったあとに、モスクワ大会の開催を宣言した時、銃や剣をもって宣言したのではありません。「私を引き下ろして、あなたたちの足もとに立てなさい。私は上がっていく」と言いました。上がっていくでしょう。南北の統一も、銃や剣を用いてはできません。神様のために生きる心情的基盤に従っていくのです。本質的な平和の路程を外れては不可能です。天運が和合してくれません。
神様の代身の立場で、北朝鮮の金日成主席を訪ねていきました。それで「神様に服従しなければならない」と言って、根底から揺さぶらなければなりません。別の方法はありません。「皆さんは『頭翼思想』と『神主義」に従わなければならないのであって、別の道はない!」と言いながら、はっきりと結論を下したのです。結局は、先生の責任を果たしました。生死の問題は天に任せるのです。今でも創造の能力を発揮できる神様です。神様は、神秘的な方法で役事されるのです。
個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、あらゆる思想界から反対を受けながらこの道を進んできましたが、今はみな克服しました。金日成主席までも克服しました。金日成主席のその壁を崩すのは、人間の力ではできません。天の愛だけが突き抜けることができるのです。今回、先生が知って歩んできたこの道が、真実であったことをはっきりと悟りました。ここでのみ完全な勝利があるのであって、そのほかには完全な勝利はないという結論を下すことができました。ですから、先生が行った北朝鮮においては、再創造の役事の奇跡が起こったのです。
今、南北に分かれているのは、個人が神様の愛を通して、愛を中心として一つにならなければならないのに、一つになれなかったからです。夫婦同士も分かれています。このように分かれたものを、真の愛で統一しようというのです。父子の間も分かれ、兄弟の間も分かれました。民族と民族、同族同士血を流すのは、真の愛がないからです。しかし、世界的情勢を背負って現れたその基盤が、大韓民国と北朝鮮以上の基準を中心として現れる時は、大韓民国と北朝鮮は吸収されていかなければなりません。国家基準ではなく、世界的運勢圏内で南北統一圏が広がるようになるのです。
皆さんの家庭が氏族を中心として完全に一つになる時は、南北統一は問題になりません。政党、自分の派閥を中心とした政党政冶もまた、成り立ちません。組織が力です。誰が国を愛し、誰がアジアを考え、誰が天地を愛するのでしょうか。私たち以上にする人はいないと思います。大韓民国をどこに引っ張っていかなければなりませんか。愛の国に引っ張っていかなければなりません。権力の園ではありません。術策の園ではありません。真の愛の園に南北を引っ張っていく時、南北はここで統治されるのです。父母を中心とした兄弟の関係をもって消化しなければ、平和の世界は現れません。
祖国光復は韓国だけでありません。韓半島を中心として四大強国圏内にある各国家を愛の力で消化しなければなりません。それは、真の愛の力によってのみ消化することができます。これは永遠不変です。数千万年前から、私たちの先祖が願っていた愛です。この時代に数十億の人類が求めている愛です。今後、永遠に後代たちが、この愛を中心としてすべて一つになる共通分母が、国家の次元を越えて世界的につくられた時、神様の愛を中心として統治する世界を地上天国といいます。その世界をつくろうというのです。
三千里半島(韓半島)で、先生の精神が宿らない所はありません。統一教会の信者を通して、すべて投入しました。投入してみると、結実するのです。今は、名実共にこの歴史時代に現れる時になりました。私たちの主体思想は、金日成主席の主体思想や民主主義、共産主義の主体思想ではなく、神様を中心とした愛の主体思想なのです。
中心が曖昧な個人の没落を防止し、社会の没落を防止し、中心がない国家を防止し、中心がない世界を防止し、中心がない神様の摂理観を防止することのできるただ一つの公式軌道は、ために生きる原則です。これは、出発とともに終着点まで、神様の創造の世界から終着点まで、永遠に残る真理であり、原則であることを皆さんは覚えておかなければなりません。