神様の愛を体恤した人には、艱難や迫害は問題ではありません。先生は、今まで迫害を受けながらも堂々と出てきました。世界の問題をすべて克服して、皆さんと向き合うのは、ほかでもありません。神様を知ったからです。神様の愛がどのようなものかを知ったからです。真の愛の道を誰が遮ることができますか。人間の男女の愛の道も遮ることができないのに、人間の根本であられる神様の愛を感じた、その愛の道を誰が遮ることができますか。誰も遮ることはできません。
第3節 真の父母の真の愛
真の父母が歩まれた愛の道
先生の経歴を話そうとすれば、事情がいろいろあるのです。先生は、失望する立場で失望せず、卑屈になる立場でも卑屈になりませんでした。先生は、平壌で経験したことをはっきりと覚えています。平壌で鉄の鎖をぶら下げて刑務所に向かいながら、食口に元気でいなさい」と手を振った、その時のことがいつも忘れられません。他の人々は、刑務所に入っていく時に、失望と絶望の中で入っていきましたが、先生は、かえって希望をもって入っていきました。神様は、獄中でどのような人に会うかを知らせてくださったのです。神様は、先生のおなかがすいたとき、人を動員して御飯を持ってこさせ、食べさせてくださり、語らなくても大勢の人々が従うという、歴史的な生きた実証を見せてくださったので、先生は常に自信満々でした。
先生の一族は、み旨の道ゆえに犠牲になりました。父親、母親、兄弟がすべて犠牲になりました。先生の一族を犠牲にして、反対する皆さんを愛したのです。自分の一族を犠牲にすることによって、何も関係がない怨讐の家族を愛し、また自分の一族を犠牲にした代価として、彼らを取り戻そうとするのが「統一思想」であり、神様の思想です。ですから、神様は、自分の息子、娘、自分に最も近い民族を犠牲にしながら、怨讐の国と、怨讐の民族を愛されるのです。
先生は、歴史上の辱めをすべて通過してきました。み旨の道を正しく立てるために、どれほど辱めを受けたか分かりません。ある一人の女性を伝道するのに、一年八ヵ月以上かかったこともあります。その家に入っていって、その夫の迫害を受けながらも、その夫と一緒の食卓に座って御飯を食べながら伝道しました。原理を正しく立てるために、男性としてそのような最悪の侮辱の路程を通過してきました。
先生は、神様に侍るとき、先生自身のことを考えたことはありません。「神様は、どうして愛する息子だと言いながら、生涯このように苦労ばかりさせるのか」と考えたことはありません。かえって先生が同情しなければならない神様だと考えました。刑務所に入れられる立場でもそうでした。み旨の道を行くためのその一歩から、「このように生命が残っているので感謝です」と、かえって神様を慰労してさしあげました。今日の統一教会の伝統思想を保ってきた歴史的蕩減基準を残すために、そのような道を歩んできたのです。これは、誰かが侵犯しようとしても侵犯することができません。父なる神様以外には侵犯することができません。
み旨の道を行くときに、愛を骨としてどこでも行く人は、天地が保護するでしょう。監獄にいたとしても敗者ではありません。先生は監獄に入ったからといって、「父よ、あなたの愛する息子が監獄に入ったので、恨みを晴らしてください」とは祈りませんでした。「神様の愛の垣根がまだ崩れていないので、監獄の道が残ってしまいました。私の体と心を、紅海を分けたモーセの杖で打ってください。肉が引き裂かれ、骨が折れても私は行きます。私はまだ死んでいません」と祈りました。
先生は、み旨を成し遂げる前に疲れることはできません。神様がどのような立場にいらっしゃるかを知っているからです。そのような意味で、先生と皆さんは違います。皆さんがすべてこのみ旨の道から落ちてしまったとしても、先生だけは絶対に落ちることはできません。皆さんは、世の中に流れていきたければ、この道を離れることもできますが、先生はそうすることができないで、一人その道を歩んでいます。
先生は、今まで多くのことをしました。多くのお金も投入しました。しかし、先生は、お金を稼ぐために投入したのではありません。先生は、名誉のために働いたのでもありません。ただ神様を悲しみと苦痛から解放してさしあげるために、真の人類の平和のために血と汗と涙を流してきました。人間が個人的にも、家庭的にも、国家的にも、世界的にも、まず神様を悲しみと苦痛から解放してさしあげて、喜ばせてさしあげなければ、人類の真の平和はあり得ません。先生は、これを徹底して悟り、実践してきました。
先生は、実子を犠牲にしてこの道を来ました。この道を出発するとき、先生は、父母、一族に先に世界の福をあげようとは思いませんでした。忠臣の行く道は、国を愛することによって国と一つになり、そうしてから家庭を訪ねていって愛するのです。それが忠臣の行く道です。聖人が行く道は、自分の国を捨てて世界の人を訪ね、世界の人と共に国のために生きる道を紹介してあげるのです。聖子の道は、天の国の王子としてこの地に生まれ、天法をすべて遂行してから、天の国と共に愛そうというものです。
怨讐に対する愛
先生の生活の中には、旅人のような行路がたくさんありました。暗闇が迫ってくる夕陽の光を受けて歩む旅人のような道もたくさん歩いてきました。リュックを背負って「愛する妻子を残して、私は行かなければなりません。行かざるを得ません」と祈った時を、先生は今も忘れられません。勝利すれば忠誠の道であり、勝利できなければ怨讐にならざるを得ない岐路で、先生は、「神様に出会うまでは妻子を愛さない」と祈りました。世界を生かすためには、このような血のにじむ路程を行かなければなりません。そのような覚悟がなければ、真の世界を成し遂げることができないのです。そのような立場でも、自分の妻子、自分の一族を抱いて涙を流すのではなく、取り戻さなければならない未来の大きな世界を抱いて涙を流さなければなりません。
リユックを背負って歩む旅人の行路には、近道はなく、平坦な道はありません。血と汗を流して訪ねていかなければならない困苦の道です。旅人の行路を歩み、天の道を求めていく青年の姿は、追われ追われる一匹の羊と同じです。訪ねていくその道で流す涙は、「私」の涙ではなく、私を通して流す神様の涙なのです。
聖書を見れば、最初の愛を失ってはいけないとあります。先生は、今まで復帰摂理に責任をもち、多くの逆境を経験してきながらも、神様との最初の愛を失いませんでした。誰が何と言ってもそれは否定することができず、私の生命が引き裂かれることがあるとしても、それは否定できないと考えながら来ました。これは、神様が御存じです。先生は、神様を見れば胸が張り裂けます。神様の事情を考えれば、天のみ旨に反対する三千万の民族が憎く思うこともあります。しかし、そのように考えても、神様が今まで復帰摂理をされながら耐えてこられたことを思うと、恥ずかしい気持ちになるのです。このようにして先生も耐えてきたのです。
神様がもし、堕落した人間を呪っていたなら、人類の前途は塞がれていたでしょう。しかし、そのようにされなかったので、人類歴史に救援摂理の希望が残っているのです。それと同じように、先生もその伝統と愛の心を受け継いだので、怨讐が先生を死の道に追い込んだとしても、今まで彼らのために祝福の杯を注いであげ、良くなるように祝賀してあげました。これが統一教会の師がもってきた思想であり、皆さんが何年間も先生に侍りながら、見て、経験した事実であることを否定できません。刀を抜いて怨讐の立場に立っているこの国の三千万民族の頭を打ち、その胸をずたずたに引き裂いたとしても解けない、天の恨を抱いている先生ですが、愛の道は、そのような人をもっと愛さなければならない道であることを知っていたので、その人々のために、先生が抱いてきた神様の愛はこのようなものだと、説明だけでもしなければならないのです。
先生は、この道を歩んできながら、激しく打たれました。考えてみれば無念です。無念なことがある時には、すべてを取り替えてしまいたい思いがする時もあります。しかし、神様を考える時は、怨讐がかわいそうだというのです。この怨讐に対してまだ未練があり、この者たちを愛さなければならないと希望をもってきた神様の姿を考える時、慰労してさしあげざるを得ません。子女が打たれて帰ってきた時、涙を流されていた父の恨を解いてさしあげなければならない道が忙しいというのです。ですから、近所の犬がほえようがほえまいが、岩が転がろうが転がるまいが、私の行く道が忙しかったのです。これが統一教会の先生が行く道です。先生は、今まで数十年間を捧げてこの道を歩んできました。日本の統治下の時からこの道を歩み、反対を受けて監獄にも行き、行く所ごとに追われ追われて排斥される、哀れな身の上になったりもしました。それでも、サタンを恨まずに、ただその環境を嘆きながら歩んできたのです。
皆さんは、イエス様が弟子たちの足を洗ってあげたことを、聖書を通して知っているでしょう。皆さんもそのような伝統を立てなければ、彼らを糾合することができません。先生は、そのようにしてきました。先生は、怨讐の子女が御飯を食べられないといううわさを聞いた時、下着と一枚の布団だけを残してすべて持っていってあげたことがあります。そのようにして、下着だけ着て、一枚の布団だけをかぶって一週間過ごしました。そして、あとになって、一枚残った布団まで彼らのために売りました。なぜそのようなことをしたのでしょうか。先生が愚かでそのようにしたのではありません。復帰の道を行こうとすれば、怨讐を愛したという絶対的な条件を立てなければならないからです。「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」(マタイ五・四四)という聖書のみ言を実践しなければならないので、そのようなことまでしたのです。
神様は、誰を見て統一教会を協助されるのでしょうか。皆さんは、「私を見て協助してください」と言うことができる人にならなければなりません。「神様は、私のために協助される」と言うことができる生活をしなければならないのです。「私を中心として、神様が協助される、そのような人にならなければならない」、これが先生の生活哲学であり秘密です。神様が、「あなたゆえに、大韓民国を愛さざるを得ない」とおっしゃることのできる人にならなければなりません。このような責任者にならなければならないのです。ですから、皆さんを見て、神様が統一教会を後押してくださるかということが問題です。怨讐を憎んではいけません。また、怨讐が滅ぶのを見て、喜んでもいけません。もし、神様が、怨讐が滅ぶのを見て喜ばれたなら、この世界は残ることができないでしょう。神様は、サタンまでも憎むことができないので、先生もそのようにしているのです。
神様を愛し、世界を愛し、国を愛することができないことが恨になって涙を流す時、神様が涙を流しながら「そうか、そうか、そのようにできる日を迎えさせてあげよう。お前の願いがそうならば、そのような日が来るだろう」と慰労を受ける皆さんにならなければなりません。そうしたあとにこそ、氏族を愛し、家庭を愛し、最後に自分を愛することができるのです。これが、今まで神様の摂理歴史において、人間がもたなければならない中心思想でした。
先生は、神様の悲しかった歴史的な事情を知りました。イエス様をあのような運命の場に送った神様の心情を知りました。ですから、先生は、どのように天のみ旨に自分を捧げるかを考えました。民族と世界から嘲弄されて追われながらも、どのようにしてでも神様のみ旨の前に怨讐の群れを取り返すために、誰よりも愛してあげました。愛するだけでなく、福を祈ってあげました。そして、私の息子と娘がいるなら、「私の代わりに怨讐たちを祝福してあげ、愛してあげてほしい」と私の子女に遺言を残すことを考えました。これが先生の願いであり、そのようにできるように道をつくってきた先生です。
カイン圏への愛と実践
先生の母親は、私をとても愛しました。十三人の子供を生みましたが、八人だけ生き残りました。息子は二人だけで、娘が六人でしたが、その中でも母親は、先生を一番愛したのです。そのような母親に、精誠を込めた手拭いの一枚も買ってさしあげられませんでした。天に従っていかなければならなかったからです。母親のために精誠を込める以上に、世の中を愛さなければならなかったからです。そうしなければ、愛の強盗になります。詐欺師になるのです。それで、先生は、母親よりも世の中をもっと愛さなければならず、妻子よりも世の中をもっと愛さなければなりません。自分に矢を射ってきた怨讐は愛することができなくても、その怨讐の息子、娘は愛さなければなりません。神様の摂理は、天使長を愛せなくても天使長の子孫を愛して復帰することなので、私たちは、サタンに属している息子、娘を愛さなければなりません。
先生が千辛万苦の末に探し出した霊界のすべての秘密の内容は、宝物の中の宝物であり、何とも取り替えることができない貴いものです。ところが、これを愛する父母、兄弟と共に分かち合うことができないのですから、どれほど恨めしいでしょうか。母親をあとにして出発するとき、涙を浮かべながら心の中で「お母さん、ひとたびこの家を出発すれば、再びお会いすることができない道に行くことをお許しください」と挨拶を捧げて母親と別れました。その母が、先生が監獄に入っている時に訪ねてきて、とめどなく涙を流しました。しかし、先生は、その母親に一言の慰労の言葉も掛けてあげることができず、かえって涙を流している母親に「小心者の息子を生んだ母親ではなく、立派な男を生んだ母親になってください」と言いながら、涙を流さないように言いました。先生は、このような歴史をもっているのです。
皆さんは、息子、娘を愛する前に、サタン側の息子、娘を愛さなければなりません。サタン側の息子、娘を愛したという条件を立てなければ、自分の息子、娘を愛することはできません。先生もそのような運命にいたので、自分の子女をすべて捨てて、三十八度線の以北にふろしきを包んで出掛けたのです。怨讐の国家に行って大勢の人々を愛したという条件を立てて、再び帰ってこなければいけませんでした。怨讐の国家を屈服させて帰ってこなければいけなかったのです。
先生は、三十歳になるまで服を自分で買って着ることができませんでした。お金がなかったからではありません。私が指導している息子、娘たちがいますが、私が精誠を尽くして何一つもしてあげることができなかったからです。私の心を尽くし、精誠を込め、愛する心で子女たちにそのようにしてあげてから、服を買って着たいと思うのです。これが修道の教えであり、父母の心です。先生は、そのような立場を備えることができなかったので、服も買って着ることができませんでした。また、先生は、三十歳になるまでおなかがすかない日はありませんでした。先生がお金をもっていなかったからではありません。お金はありましたが、そのお金を先生のために使いませんでした。病気にかかって道端で横たわり、家に帰ることができずにいる人がいれば、力を全部投入して、千里以上の道を背負っていきながら助けてあげたというのです。
先生は、今まで統一教会を訪ねてくる人々が、きちんとした服を着ることができずに継ぎ当てた古い服を着ていれば、服を買うお金をあげました。先生は、息子として父親と母親に一着の服も買ってさしあげることができませんでした。ですから、どうして父母にあわせる顔があるでしょうか。食べることができずに青白い顔をしている人を見れば、食べるものがあっても、喉が詰まって食べることができませんでした。その後も、その人のことが頭に浮かんで喉が詰まり、食べることができないのです。おいしいものがあれば、喉が詰まって食べられず、その人にあげたいと思ったというのです。どれほど不器量な人でも、先生を訪ねてくる人には感謝し、百回でもお礼をしたのです。
獄中生活と真の愛の訓練
今まで先生は、獄中でも生活をした人です。今まで数度にわたつて監獄生活をしましたが、その獄中生活が先生にとって悲しみとはなりませんでした。そこは、先生には二つとない最高の道場でした。人間を本当に愛することができるか、怨讐を本当に愛することができるか、死刑囚と鼻と鼻を突き合わせ、同じ空気を吸うことができるかということを考える道場でした。そして、そのような場で、この民族の恨を感じ、情熱をもって社会の不正を辛辣に批判できるかということを考える良い道場だったのです。そこから私たちの教会は出発しました。そのような場でも、人間が備えなければならない基準、神様が提示した人格的基準を喪失することなく、どれほど困難な環境でも克服できる一つの源泉的な実体をどのように収拾するかということを、今まで必勝の生活哲学としてきたのです。
獄中の受難の中で、むちを受けて血を吐く拷問を受けながらも、先生は、むち打つ怨讐を恨みませんでした。真の神様は、御自身が最も愛する息子を犠牲にしても怨讐を救いたいと思われ、それだけでなく、最も貴い記念品までもその怨讐に与える方です。これが正に神様の愛です。むち打つ怨讐のために、涙を流して祈らなければならないのが神様の道理です。それで、先生は、今までそのようなことをしてきました。
先生は、二十四歳から監獄生活をしました。拷問を受けて鼻が折れ、頭が割れ、首が折れるような場でも、鉄石のような信念をもち、この国に対して絶対に屈服しなかった男です。「いくらでも棍棒で打ってみよ。私の体が壊れるのではなく、棍棒が壊れるだろう。指を切ってみよ。どんなひどい拷問をしても屈服はしない」と考えながら耐えた男です。心情の骨髄に宿った事情、その誰も解くことができない事情を抱えた立場に、涙のにじんだ父の愛が込められていることを知りました。いまだに人が知らない深い谷間で、ひっくり返さなければならない峠道が残っているのです。
先生が、監獄にいる時、母親が訪ねてきましたが、そのまま帰しました。先生は、そのようにしなければなりませんでした。先生は、先生の兄弟に決して会いませんでした。先生は、兄弟、家庭、親戚を犠牲にして新しい人々を探そうとし、先生の父母、兄弟、また親戚を愛した以上に、皆さんをもっと愛してきたのです。神様がそのような方だからです。神様は、その息子を犠牲にして全世界を救おうとされました。神様は、ひとり子の生命まで犠牲にしなければなりませんでした。そのようにしてでも、全世界を救援しようとされました。先生もそのような手本に従わなければならなかったのです。
監獄で先生は、先生に従う多くの人々に会いました。彼らは、先生に従いなさいという啓示を天から受けて、そのようにしたのです。しかし、先に先生に従った人々は、「神様が愛する人が、どうして監獄に入っていくのか」と疑いを抱くようになり、それ以上先生を信じることができず、散り散りばらばらになりました。イエス様も十字架に架けられた時、十二弟子を失いました。それで、先生は、監獄で彼ら十二弟子を復帰しなければならなかったのです。監獄にも囚人に変装したたくさんの共産党のスバイがいました。それで、先生は、監獄で一言も話すことができませんでした。しかし、霊界が人々に証をして先生についてきたのです。先生のおなかがすいたとき、先生が知らない多くの人々が、先生におにぎりを持ってきましたが、彼らの先祖たちが夢に現れて「先生に持っていきなさい」と話したからです。
神様が先生をどれほど訓練されたか分かりません。先生には、神様が愛の神様ではありませんでした。考えるだけでも残酷です。世の中の商売人のような心をもったなら、もう既に逃げ出していたでしょう。み旨のことは考えもせず、神様がまた来るかもしれないと思って、はるか遠くに逃げていたでしょう。神様は、先生が監獄に入っていって苦労する時、最も多く愛してくださったのです。そのような場に行ってみると、「ああ、神様は、私を愛していらっしゃるのだなあ!」と知ることができます。ですから、監獄に入ったとしても、それが嫌ではありませんでした。ですから、統一教会の教会員は苦労しなければなりません。監獄や拘置所に入っていってでも苦労しなさいというのです。神様に出会うことができる場所とはどこでしょうか。最も深刻でつらい場所で神様に出会うことができるのです。
国と世界のための不断の投入
この民族のためにどれほど涙を流したかといえば、先生は、どの愛国者よりも多くの涙を流しました。先生が日本留学に出発した一九四一年四月一日の早朝二時に、釜山の埠頭で韓国を見つめながら祈ったことが忘れられません。そして、「今、私は祖国を離れるが、祖国であるお前をより一層愛し、お前のためにより多くの涙を流そう」と約束したのです。日本に行っても、おなかをすかせた友人に会うと、先生は、自分が空腹になっても彼に食べるものをあげ、おなかをすかせた苦学生に会えば、抱き締めて痛哭しました。彼らに食べるものがない時は、彼らに食べるものを準備してあげるために学生服を脱いで埠頭で働き、石炭を運搬したりもしました。先生がそのような若い同志を愛するために闘ってきたことを知らなければなりません。先生に会った人々は、誰よりも私を親しい友人と考えました。
先生は、今まで誰を愛したのでしょうか。妻子と父母は愛しませんでした。世界を愛し、国を愛しました。世界を愛し国を愛そうとすれば、民族と氏族を愛さなければなりません。天が愛したかった国をこの地上で愛さなければならず、天が愛したかった氏族をこの地上で愛さなければならず、天が愛したかった家庭をこの地上で愛さなければなりませんでした。先生は、世界万民のために愛の涙をたくさん流しました。それは、天が公認するでしょう。この国のためにも、愛の涙をたくさん流しました。先生は、民族を誰よりも愛し、氏族を誰よりも愛しました。
新しい思想を抱いたこの男は、かわいそうな韓国の地に生まれました。かわいそうな韓国で生まれ、ひどく苦労し、ひどく冷遇され、ひどく追われて今まで来ました。皆さんは、そのままのんびり座って「自分は運勢が良くてここに来ている」と考えてはいけません。しっかりと目を覚ましていなければなりません。皆さんがいい場所で幸福の鼻歌を歌って生活する時、先生は、ある農家の軒下で雨を避けながら、み旨のために涙を流しました。肌寒い日にも冷たい風とみぞれに当たり、乞食のような身の上となり、道をさまよいもしました。それでも、民族と世界のために闘いました。ですから、皆さんは、電車やバスに乗るとき、そこに薄汚れた服を着た青少年がいれば、彼を冷遇しないでください。師がそのような道を歩んできたのです。
先生は、卑賤な家門から生まれた人ではありません。苦労の道を行くように生まれた男ではありません。しかし、苦労しなければ復帰の道を開くことができないので、そのような道を行かざるを得なかったのです。先生には、民族全体を愛したいという切実な心があり、世界人類を愛したいという切実な心がありました。神様を痛哭させて民族を愛することができる縁を結びたいと思い、世界を愛することができる縁を結びたいと思ったのです。このような縁を、この三千里半島(韓半島)の荒廃した地で結んでおいたので、これから世界が「統一思想」を中心として、韓国の地を祖国として歓迎できる日が来るでしょう。
先生は、故郷も捨て、国も捨て、韓国教会もすべて捨て、追害を受けて悪口を言われながら、追われる歩みを今までしてきました。私たちは、追われ追われて発展するのです。私たちは、絶望的な人々ではなく希望的な人々です。何をもってしても切ることのできない絶対的な愛で一つになった人々なので、私たちを占領する人はいません。愛だけがすべての勝利をもたらすことができるのです。愛がある所に永遠の勝利と永遠の天国が成し遂げられます。愛の前では、すべてのものが解放されます。先生は、そこに向かっていこうとするのです。
先生は、神様を愛し、世界を愛し、人類を愛しました。解放直後に、先生を囚人として銃殺しようとした怨讐までも愛しました。彼の子女が飢えている時、背広から下着まですべて売って彼にあげたあと、何もないなかで二週間生活したこともあります。そのときは、着るものがなくて外に出ることができませんでした。それは、ある手段としてそのようにしたのではなく、心からの思いでそのようにしたのです。先生の息子、娘のために、涙の祈りをしたことはありません。涙を流しても皆さんのために流しました。もし、先生が皆さんのために涙を流して生きてきた基盤がなかったならば、神様は役事されなかったでしょう。
先生が願うことは、先生を愛する前に神様を愛することです。先生が母親なら母親に、子女なら子女に教訓を与えるものが何かといえば、神様を愛する前に先生を愛してはいけないということです。ですから、神様を愛するために、先生が千里、万里の巡礼の道に出掛けたとしても、寂しく思ってはいけないというのです。皆さんは、先生を愛する前に神様を愛さなければならず、世界人類を愛さなければなりません。世界のどこに行っても、公義の法度の前でも耐え得る権威と、その内容を実践できる資格を備えられなければ、約束できないのが天倫の道理であり、人倫道徳の道理です。