天聖経訓読室

第5節 真の父母の心情の伝授と相続

この節の音声は準備中です。
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学校へ行けば、試験を通過しなければなりません。試験を通過すれば、上がっていくのです。同じです。皆さんが天国に行くためには、真の父母の心情圏を相続しなければなりません。そのようにしなければ、行けないのです。

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神様のみ旨を真の父母が相続し、真の父母のみ旨を皆さんが相続して、その伝統的な思想を失ってはなりません。その伝統的な思想とは何でしょうか。人間が怨讐サタンの血統を受けて生まれたので、この怨讐サタンの血統を除去したのち、神様を中心として、真の父母を中心とする血統を復帰しなければなりません。そのためには、神様と心情的に一致しなければなりません。心情的な一致を基盤にして、天の血統を受け、神様を根とする木の枝になり、葉になり、神様の代身の実体となって、サタンを屈服させる絶対的な基準を、地上に立てておかなければなりません。そうしてこそ、復帰の歴史が推進されていくのです。神様は、決して復帰歴史を放棄されません。皆さんが使命を果たせないからといって、神様は、この地を放棄されないのです。

心情の伝授は一体化で可能

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神様が、各時代に、私たちの先祖を訪ねてきて相続してあげたいと思われた心情を中心とする偉業を、今までアダム家庭から歴史的な終末まで連結し、一つの勝利的な心情の実体として天地に立てるものが、天地、あるいは全人類が願う再臨の理想、すなわち真の父母の理念です。したがって、この真の父母を中心として、真の父母を完全に皆さんが相続することができ、真の父母を皆さんの父母として侍ることができ、真の父母の解怨を皆さんの解怨として感じる位置に立たなければ、天の祝福、あるいは相続を受けることができません。

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先生は、アダムからイエス様までの心情を相続し、勝利しなければなりません。これが、今日まで闘っている歴史的な内容です。アダムから終わりの日まで連結して、天地の前に立てようとするのが再臨の理想であり、真の父母のみ旨です。真の父母の理想、真の父母のみ旨を感じることができなければ祝福を受けることができません。今までの「私」は、歴史的な裏切り者であり、赦されない罪人でした。したがって、嘆息と恨を晴らし、実体の中心に侍ることができる環境を準備しておいた者にだけ、実体的父母と関係を結んであげるのです。神様の遺業を相続するために真の父母がいるのであり、皆さんは、真の父母の遺業を相続するためにいる存在です。私たちは、真の父概の心情と摂理歴史の悲しい内容を知らなければなりません。真の父母と一体となってこそ、祝福の位置に進むことができます。

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歴史的に見るとき、アダムの前でも、真の父母の身代わりをする「私」であり、ノアやアブラハム、モーセ、イエス様の前でも、真の父母の身代わりをする私であり、天地の前でも真の父母の身代わりをする私にならなければ、祝福の位置に立つことができません。男性は父の分身であり、女性は母の分身です。この分身という言葉には、歴史的な涙がにじんでおり、歴史的な悲しみと曲折がにじんでいます。ですから、このような歴史的な涙と悲しみと曲折を蕩減しなければなりません。「私はこれこれこうなのに、なぜ祝福をしてくれませんか」と言うようにはなっていないのです。私たちは、過去と現在と未来にわたる真の父母の心情と実体と、すべてのみ言を接ぎ木されなければなりません。真の父母を身代わりして、祝福を受けた先輩たちに負けず、「先輩たちが責任を果たせなければ、彼らの責任まで身代わりします」と言えば、間違いなく彼らと同じ福を受けることができます。「過去には不足だったが、最後まで不足な私になってはならない」という覚悟をもたなければならないのです。個人の目的は許諾されません。真の父母を身代わりしなければ、祝福を受けることができないというのです。

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皆さんは心情を合わせもってこそ、天の勇士になることができます。心情を除いてはなれません。心情がなければ、人格が出てこず、心情を通じた人格が出てこなければ、心情を通じた真理も出てこず、心情を通じた真理が出てこなければ、理想が出てきません。皆さんの理想は何ですか。真の父母です。統一教会は、歴史が求めてきた中心である真の父母に侍るところです。時代が要求する中心である真の父母に侍るところです。未来の起源になることができる真の父母を、「私」が相続することができるのです。したがって、私は歴史的な実です。私は時代的な中心です。未来の起源になり、先祖になるのですが、真の父母の心情と一致できる関係を結んでこそ、そのようになるのです。このような心をもってこのような祈りをすれば、恥ずかしくありません。

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神様の心情と真の父母様の心情は、どこで連結されるのでしょうか。縦的な心情が、横的にどのようにして連結されるのでしょうか。神様と人間が一つになって完成するようになるとき、横的な心情圏が始まります。それでは、完成基準という言葉とは何でしょうか。十七、十八歳になれば、成熟するようになります。下から育って、中央線まで上ってきます。ですから、心情圏を中心として、必ず真の父母を中心として、横的世界に自分の生活舞台が広がるのです。これが一つにならなければ、心情の軸が立ちません。縦的基準を中心とする神様の心情圏は、原理で言えば直接主管圏として、サタンが全く侵犯できない絶対圏です。心情圏から直接主管が起こります。

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皆さんが、真の父母の心情と神様の愛とその心情をどのように体恤するのですか。その境地にどのように入るかが問題です。そのようにするには、堕落していないアダムとエバにならなければなりません。サタンが讒訴できてはいけません。それでは、サタン世界でどのように解放されるのですか。サタンと闘って勝たなければなりません。そうするには、どれほど苦労し、どれほど苦しまなければなりませんか。ヤコブも十回だまされ、モーセも十回だまされ、イエス・キリストもそのように欺かれました。先生も同じです。それを克服していかなければなりません。そのときに、神様の心情を知るようになるのです。父母様の心情を知るようになるのです。そうでなければ、絶対に分からず、そうでなければ、サタンが離れないのです。サタンに勝利できない限り、父母の心情を知ることができず、神様の心情を知ることができません。

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皆さんは、神様の悲しみを知らなければならず、神様の悲しみが大きければ大きいほど、私たちを祝福したいと思う心が切実だということを知らなければなりません。復帰過程にいる皆さんは、まず真の父母に侍り、その次に、再びその関係を連結して、天上世界まで収拾しなければなりません。このような立場で、皆さんに天地を相続してあげ、宇宙を相続してあげ、万民を相続してあげたいと思うのが、神様の心情です。したがって、皆さんは、神様の代わりに、真の父母の代わりに、真の息子、娘の使命を果たして、神様のみ前に立てられる真の子女の栄光の基盤を備え、神様が「忠臣」だと言える基盤を備えなければなりません。

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父母の心情を知るためには、一体ということをどのようにして感じるかが大きな問題です。サタンに勝利するまでは、それは絶対にできません。体恤が訪れないというのです。ですから、先生が、発電所と送電所をつくっておきました。個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的、世界的、天宙的、神様まで、このような塔をつくっておきました。今、心情の電線を架けなければなりません。これは、先生がするのではなく、神様がしてくださるのでもありません。皆さんがしなければなりません。

真の父母の心情圏を相続しよう

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真の父母が出てこなければ、真の子女が出てくることはできません。今まで、地上に真の人がいなかったので、真の父母が出てきませんでした。それで、統一教会では、真の父母を認め、その真の父母を発見して侍ろうというのです。真の父母の息子、娘になろうというのです。その息子、娘になれば、真の父母がもっているすべてのものを相続するのです。真の父母がもっている相続権は、天地と神様までです。神様までも相続しようというのです。天地に主人がいなければ、その天地は何の価値もありません。その天地の価値を一〇〇パーセント認めることができ、その価値を永遠に主張できる「私」にならなければなりません。また、それを公認してくださる方に出会わなければなりません。その方が神様です。ですから、真の父母の相続権をもたなければならないのです。

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神様が願われた真の父母であり、人類が望んだ真の父母であり、天地が待ち望んだ真の父母は、歴史的な解怨をして神様の心情的な偉業を相続するために、この地上へ来られた方です。このような真の父母を再び相続しなければならないのが、私たちであり「私」です。このような父母を相続するためには、神様の悲しみはすべて知らなくても、真の父母の悲しみの一面を体験しなければなりません。新たに地を探すために天がしてきた苦労も、もちろん知らなければなりませんが、それはすべて知らなくても、地上で苦労した真の父母の心情がどのようなものだということと、悲しい内容がどのようなものだということを、ある一面でも知らなければなりません。

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皆さんが神様の愛をもつためには、神様の生命を根本にしなければなりません。そのようにしなければ、神様の愛が受けられません。神様の生命をもつようになれば恩恵があります。神様の生命を土台にする人にならなければ、神様の愛を受けることができません。皆さんは、その恩恵を受けなければならないのです。恩恵の表示は、幻想や夢のようなものによって現れます。皆さんは、実体の神様の立場にある真の父母が慕わしくて、泣かなければなりません。しきりに会いたいと思わなければなりません。御飯を一膳炊いておき、水を一杯くんでおいて侍りたいと思わなければなりません。そのような、切実な心をもたなければなりません。涙が先立つ心情をもっていればよいのです。そうすれば、先生を中心として、皆さんの心情一致がなされ、先生と共に呼吸することによって、先生の人格基準と、その背景となる先生の過去と、過去に絡まった事情がどうなっているのかを知るようになり、さらにはそれを相続し、引き継ぐことができます。

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先生は、死の境地に入っていくことがあっても、総合的な活動の背後を束ねて責任を果たさなければなりません。これは宿命的な路程なので、いかなることがあっても進まなければならないのであって、退いてはいけません。真の父母からこのような精神を相続する皆さんの姿勢はどのようなものでなければなりませんか。今まで皆さんは、思いどおりに生きてきました。しかし、先生の基盤を相続して、残りの生涯をかけて守っていくべき宿命的な使命が、皆さんに残っています。命を懸けて守っていくべき使命が、皆さんすべてに残っているのです。

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私たちが行く道は、まだ終わっていません。皆さんは、天の前に感謝することによって祝福を受けたのです。皆さんは、個人的に感謝するだけでなく、自分の氏族を代表し、さらには民族を代表し、世界人類を代表して祝福を受けたという価値を忘れてはいけません。また、真の父母が地上で果たすべき責任を相続したことを知らなければなりません。

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真の父母の勝利圏を相続しなければなりません。個人的に、天と地の前に、父母様の前に恥ずかしくてはいけません。ですから、絶対愛、絶対服従。絶対信仰で生きなければならないのです。すべてのものを犠牲にしても、父母様のために生きた祭物になろうという心情一致圏を中心として、父母様が愛する以上の愛をもっていてこそ、真の父母様が解放されます。父母様が人類を愛する以上に愛する社会になってこそ、神様の解放圏が生じるのです。そのような息子、娘をもつことによって、初めて息子、娘を称賛し、息子、娘を愛しながら自分が喜ぶことができる解放圏が生じるのです。そのような心情的忠臣の道理、聖人、聖子の道理を守っていくべき伝統的本然の主流の位置に立ったことを忘れてはいけません。